気候と科学、CERNの「未来円形加速器(FCC)」:放棄すべきかを冷静に検証する
この論説は、CERN(欧州原子核研究機構)が計画する大規模実験装置「未来円形加速器(FCC)」を、気候危機の観点から放棄すべきかどうかを検討したものです。著者はパトリック・ジャノーとクリストフ・グロジャンで、公の討論やスイスの諮問に向けて書かれました。主張は単純な「中止すれば解決」という論に反対し、事実と規模の比較に基づいて判断するよう促します。なお本文で述べられる見解は著者個人のものであり、CERNの公式見解ではありません。分析は気候影響に限定されており、水資源や生物多様性など他の環境面は扱いません。
著者はまず、反対意見で挙げられた主要な批判を一つずつ検証しました。批判側は、建設と運転で生じる温室効果ガスを「フットプリント」として問題視します。現時点の不完全な推定では、FCCの建設・運転で排出される温室効果ガスは約100万〜200万トンの二酸化炭素換算(CO2e)とされています。さらに電力需要が大きく、原子力発電所「EPR」2基分に相当するといった指摘や、統計的な換算で約4,000トンCO2eあたり1人の早死にに相当するとして「約500人の死」をもたらすとする主張も取り上げられています。
一方で著者は、単に排出量を数えるだけでは不十分だと論じます。問題は「誰に責任があるか」を決めることではなく、「どこで排出を減らせるか」を見極めることだと述べます。プロジェクトは名前や予算、時期が明確で測りやすいため、可視性が高く叩かれやすいという逆説も指摘されます。さらに、科学的な見返りについても検討しています。FCCが保証された大発見を約束するわけではなく、既存粒子の高精度測定が中心になる可能性がある点を受け、遅らせる選択や既存データの再解析、人工知能を用いた解析といった代替案も議論に上がっていることを紹介します。
この議論が重要なのは、単なる技術的判断ではなく社会の選択に関わるからです。著者は、気候危機に対して「すべてをやめる=禁欲」を社会の指針にしてよいのか、それとも生産や選択の仕方を根本から変えていくべきか、という大きな問いを提示します。見た目に分かりやすい象徴的な中止は示威的かもしれませんが、気候対策として最も効果的とは限らない、という慎重な視点を示します。
重要な注意点も明記されています。排出量の推定はまだ不完全であること、原料や電力の供給改善(たとえば天然水素の利用)が有望だが不確かであること、統計的に「死亡数」に直す換算は粗い目安に過ぎないこと、そして今回の論考は気候影響に限定していることなどです。著者は最終的に、FCCの将来は「気候だけで決まるものではない」と結論づけます。排出削減の努力は必要だが、プロジェクトの利益と代替案を比較し、実際の帰結に基づいて冷静に選ぶべきだと訴えています。