NA62実験がカルシウムほど稀なK+→π+νν¯崩壊の確率を更新:標準模型と一致、精度は約20%
CERNのNA62実験は、陽子由来の二次ビーム中のK+(陽子中間子)がごくまれに起こす崩壊過程K+→π+νν¯の発生確率(分岐比)を改めて測定し、2016年から2024年のデータを合わせた結果を報告しました。合成の結果はB(K+→π+νν¯) = (9.6^{+1.9}_{-1.8})×10^{-11}で、標準模型(Standard Model)の予測(概ね8×10^{-11}台、10^{-10}未満)と矛盾しません。測定の精度は20%より良い水準に達しています。これはこの崩壊が非常に稀で、1万億分の1程度の確率でしか起きないことを示します。
NA62は“飛行中のカオン(K+)の崩壊”を使う実験です。400 GeVの陽子ビームをベリリウム標的に当てて作った75 GeVの二次ビームに約6%のK+が含まれます。ビーム中の粒子を識別する装置(KTAG)、ビーム側のトラッキング(GTK)、下流のトラッキング(STRAW)、リング型チェレンコフ検出器(RICH)、電磁・ハドロン用のカロリメータ(LKr、MUVなど)や前方・大角度のフォトンベトー装置を組み合わせて、π+(陽子由来の正 pion)一つだけが見える事象を選びます。2023–2024年のデータでは、シグナル候補の数を2倍にしつつ背景を同じ割合で減らすことに成功したと報告されています。
測定の手法は、観測されたπ+の運動量とビームK+の四元運動量から「見かけの欠損質量二乗」(m^2_miss)を計算し、主要なカオン崩壊モードが作る領域を除いて信号領域を定めるものです。正確な正規化にはK+→π+π0崩壊を基準に使い、検出効率やトリガー効率、追加選択での損失を評価して単一事象感度(Single Event Sensitivity)を算出します。解析にはトランスフォーマーを使った4次元ビーム追跡や、カロリメータ情報を用いる畳み込みニューラルネットワーク(CNN)による粒子識別などの新しい手法も導入され、K+の再構成漏れを減らしたりミューオンの誤識別を抑えたりしています。
この崩壊は標準模型では非常に精度よく予測でき、理論的不確かさは小さい一方で、CKM行列のいくつかのパラメータ(例えば|Vcb|やγ)に由来する不確かさが残ります。実験的には、この崩壊は新しい物理(Standard Model外の効果)に対して100 TeV級の質量スケールまで感度があるとされ、標準模型と異なる増減が見つかれば強い手がかりになります。今回の測定値は標準模型の予測と整合しており、過去のNA62の2016–2022データでの13.0^{+3.3}_{-3.0}×10^{-11}(51個の候補、背景約18)という結果から更新された形です。
重要な注意点として、この報告は2023–2024年データを含む「暫定(preliminary)」の結果です。表にあるように解析で見積もられる背景はゼロではなく、2023–2024年単独の期待背景は約12件(不確かさあり)で、そのうち上流起源の寄与が大きく見積もられています。また測定精度は依然として理論的不確かさより大きく、CKMパラメータの改善やさらなるデータ蓄積(実験は2026年まで継続予定)で精度向上が期待されます。今回の結果は標準模型と整合しているため新物理の明確な兆候は示していませんが、感度は着実に上がっており今後の追加データが注目されます。