軸索の伝導遅延のばらつきが、ニューロンを「同時イベント検出器」か「順序選択シーケンス検出器」かに決める
この論文は、皮質のニューロンがどんな時間的な刺激を検出するかを、軸索(ニューロンの長い突起)の伝導遅延のばらつきで説明する試みです。皮質ニューロンはまれにしか発火しません。つまり、発火の回数だけで情報を表すのは難しく、時間のずれ(いつ発火するか)が重要になります。著者らは、軸索遅延の分布が「一度に来る同時イベント」を検出するか「特定の順序で来る一連の入力」を検出するかを決めると主張します。
彼らは「遅延サイン(delay-signature)」という枠組みを提案します。枝分かれした樹状突起に入る複数の軸索はそれぞれ異なる伝導遅延を持ちます。ある入力系列のスパイク(発火)が、個々の軸索遅延によって時間差を打ち消されると、樹状突起の同じ場所で同時に到着します。樹状突起で起きるカルシウムの“プラトー閾値”(ある一定の大きな局所電位)を越えると、出力はほぼ全か無かになります。研究チームはこれを確かめるために、積分器型のニューロンモデルを用いた計算シミュレーションを行いました。
シミュレーションで得られた主要な結果は三つあります。第一に、軸索遅延の「分散(ばらつき)」という一つの数値が、ネットワークの働きをイベント検出から順序選択へと滑らかに移動させることです。遅延の分散が小さいと順序選択を行うニューロンは現れません。分散が大きくなると順序選択が優勢になり、その転換点は入力間隔(イベント間の時間差)とほぼ1対1で対応しました。著者らはこの計算上の区別を、軸索が髄鞘(ミエリン)で被われているか否かという解剖学的差に対応させます。ミエリン化された軸索は遅延のばらつきが小さくなり、単に速度を上げるだけでなく、どんな処理を行うかを切り替える役割を果たす可能性がある、という提案です。
第二の結果は、同じ遅延分散が符号化できる時間の上限を決めるという点です。分散が与える制約により、表現可能な最長の間隔が定まり、計時の許容誤差は大体約1ミリ秒という非常に短い窓になります。ここでは、外からの入力が期待より遅れることはある程度許容されますが、速くなること(早まること)にはあまり寛容でない、という非対称性も報告されています。第三の結果として、その「約1ミリ秒の窓」と水平方向の伝導速度から、皮質カラム(脳皮質の局所的な柱状構造)の直径を予測できることを示しています。実際に直接測定がある2つの脳領域は、著者らの関係式が示す場所に当てはまりました。
重要な注意点もあります。これらの結論は主にモデルとシミュレーションに基づいています。樹状突起のカルシウムプラトー閾値の動作や、軸索遅延と接続パターンに関する仮定が結果に影響します。実験的な検証はまだ限られており、著者ら自身も解剖学的予測に対する検証が必要だと述べています。したがって、この枠組みはニューラル計算の有力な仮説を与えますが、一般性と生体での詳細な適用は今後の実験で確かめる必要があります。