シミュレーション経済で「経済のエントロピー」を測る方法を示した研究
この論文は「熱的マクロ経済学(TM)」という考え方を試験しています。著者らは、経済を気体のように扱って「エントロピー」という一つの大きなマクロ量で振る舞いを記述できるかを調べ、コンピュータ・シミュレーションを使ってそのエントロピーを実際に測定できることを示しました。主張は、個々の
この論文は「熱的マクロ経済学(TM)」という考え方を試験しています。著者らは、経済を気体のように扱って「エントロピー」という一つの大きなマクロ量で振る舞いを記述できるかを調べ、コンピュータ・シミュレーションを使ってそのエントロピーを実際に測定できることを示しました。主張は、個々の行為者(ミクロ)を詳しく解析できなくても、マクロな法則は定義可能だというものです。
研究者らは、エージェント(多数の個人や企業に相当)が交換を繰り返す「交換経済」をエージェントベースのシミュレーションで作りました。各エージェントは所持品に対する効用関数を持ち、二者間の出会いごとに合計資産を保存したまま確率的に再配分するルールで取引が行われます。単純なコブ=ダグラス(Cobb–Douglas, CD)経済ではエントロピーを解析的に計算できますが、より複雑な変形では解析が難しくなります。論文はこうした複数のモデルで、計算で出る場合と測定で求める場合の両方を検討しています。
測定方法は物理の熱量測定(カロリメトリー)に似ています。経済系Eに解析可能なCD経済を「メーター」として接続し、貨幣や財のやり取りを許します。メーター側で安定したときに貨幣の「価値」βや各財の価値νjを時平均で読み取り、微小変化に対してdS = β dM + νg dG + νh dHという式を使ってエントロピーSを積分して求めます。ここでβの逆数は「経済温度」と呼ばれ、市場価格はνj/βとして解釈されます。測定は基準点を定めてそこからの差として行います。
結果として、著者らは複数のシミュレーションでエントロピー関数の測定が原理的に可能であることを示しました。解析的に求められるCDの場合は測定値と理論値がよく一致しました。さらに、測定したエントロピーが「状態関数」である、つまり経路に依らず同じ初期・終状態で同じ値になる(経路独立性)こと、そして理論が予測するようにエントロピーが凹(こう)であることも示されました。これらの性質は、場合によってはTMの公理が成り立つことを証明できない系でも観察されました。
この仕事が重要な理由は、もし経済のマクロ的な振る舞いがミクロの詳細に依らずに測定可能なら、複雑な個別行動を逐一モデル化しなくても役に立つマクロ理論が成り立つ可能性を示した点です。論文は、エントロピー関数が求まれば価格や貨幣の価値、複数経済を接触させたときの変化などを導けると指摘しています(これらの応用は先行研究の枠組みで示されています)。
重要な注意点もあります。今回の検証はコンピュータ上のモデル経済で行われており、現実の経済にそのまま適用できると証明されたわけではありません。また、TMが仮定する公理が実際に成り立つかを示す証明がない系もあり、測定には適切なメーター経済を用意する必要があります。さらに、複雑なミクロ構造が解析不可能な場合に測定が有効でも、どの程度一般の経済へ拡張できるかは今後の研究課題です。