インフレーションの大規模揺らぎを扱うための「局所性」条件—短波長状態が守るべきこと
この論文は、宇宙初期のインフレーションで現れる長い波長(大規模)の揺らぎを、有効場の方法で正しく扱うために必要な「局所性」の条件を定式化しています。ここで言う長波長の揺らぎ(ソフトモード)は、因果的な伝播尺度(たとえばハッブル尺度)よりずっと大きな波長の成分を指します。対照的に短波長成分(ハードモード)は、粗視化(コースグレイン)して積み上げる対象となる微視的な自由度です。著者らは、こうした長短の分離が有効に働くために短波長の量子状態が満たすべき簡潔な条件を示します。
彼らが導入する局所性条件は――各局所的な小領域(パッチ)におけるハードモードの量子状態が、その領域のソフトモードの値を通してのみ依存する、というものです(本文では式(28)として示されます)。この条件が満たされると、粗視化した後のソフトモードの力学は局所的に保たれます。結果として、ハードモードからソフトモードへ入るループ補正が超地平面(スーパーホライズン)でのアディアバティック曲率ゆらぎζ(ゼータ)の相関に与える影響は摂動論的に抑えられると示されます。
重要な帰結として、この同じ局所性条件は「一般化されたソフト定理」を導きます。ソフト定理とは、ソフトモードを含む相関関数をソフトモードを取り除いた場合のものと結びつける関係です。追加の仮定を加えれば、従来知られている一連の整合性関係(consistency relations)が復元されます。一方で、この枠組みは多元場(マルチフィールド)系や非アトラクタ(非吸引)背景のように標準的な整合性関係からのずれが生じうる理由も明らかにします。
さらに、論文は赤外(IR)発散の問題にも触れます。赤外発散とは、非常に長波長の寄与が積分やループで無限大に発散してしまう現象です。著者らは、局所性条件が満たされれば、大きなゲージ変換(large gauge transformation)に不変な作用素の相関関数に対して赤外発散が生じないことを示します。過去の研究でユークリッド真空など特定の状態で発散が打ち消されることが知られていましたが、本研究は局所性という一つの判定基準でこれらの性質を統一的に説明します。
論文は特定のインフレーション模型に依らない一般論として進められます。議論では空間微分同相(空間座標変換)に対する不変性や拡張(ディラテーション)対称性を出発点に、パッチごとに体積L^3(例:CMBスケール)で粗視化した場の定義やハード・ソフトの分離を具体的に記述します。また、作成可能な量子状態について摂動論ごとに局所性を満たす状態を構成できることを示すなど、理論的な実現可能性にも言及しています。
留意点として、この局所性条件は量子状態に対する要請です。したがって、現実の物理系ではこの条件が破られる場合があり、そのときはハードモードによる大きな補正が勾配展開(グラディエント展開)や別宇宙(セパレートユニバース)アプローチの妥当性を損ない得ます。さらに、従来の整合性関係を得るにはソフト曲率ゆらぎの波動関数が分離可能であるという追加仮定が必要になる点も重要です。論文の結果は一般的な診断基準を与えますが、具体的な系で条件が満たされるかどうかは個別に検証する必要があります。