太陽ニュートリノで追う:LZの高エネルギー事象と非弾性ダークマターの検証
この論文は、地上の暗黒物質(ダークマター)検出装置LUX‑ZEPLIN(LZ)が報告した一件の高エネルギー核反跳事象を、太陽から来る高エネルギニュートリノの観測で検証したものです。著者らは、IceCube(アイスキューブ)という大規模ニュートリノ望遠鏡に見られる「太陽方向の高エネルギニュートリノが余分に来ていない」事実が、LZのデータで可能な一部のダークマターモデルを厳しく制限することを示しています。要点は、LZで見つかった事象を説明する多くの非弾性ダークマターモデルが、太陽での捕獲と自己消滅(アニヒレーション)を通じて検出可能なニュートリノを作るはずだという点です。だが実際にはそのニュートリノは観測されていません。
LZは2.84トン年の液体キセノンデータで、LZ230616と呼ばれる一つの核反跳候補を報告しました。この事象は非常に高い反跳エネルギーを持っており、同時に低エネルギー側の事象が見つかっていない点が注目されています。通常の、エネルギー依存性のない弾性散乱では高エネルギー事象は低エネルギー事象よりずっと少ないため、同じモデルで高エネルギーを説明しようとすると低エネルギー側で過剰に事象を予測してしまいます。そこで注目されたのが、運動量や速度に依存する散乱や、散乱時に暗黒物質がより重い別状態に遷移する「非弾性散乱」です。
非弾性散乱とは、暗黒物質粒子が原子核と衝突した際に自分自身を重い状態に変える過程で、このとき質量差(分裂、Δ)があると低エネルギーの反跳が物理的に起きにくくなります。結果として観測される反跳スペクトルは高エネルギーに偏ります。しかし太陽に近づいた暗黒物質は重力で加速されるため、地上では起きにくい非弾性散乱が太陽内部の重い元素(鉛やウランなど)では起きやすくなります。こうして太陽に捕獲された暗黒物質がもし自己消滅すれば、高エネルギーのニュートリノが放出され、IceCubeのような検出器で見つかるはずです。
研究者たちはこの連鎖(地上でのLZ事象の説明→太陽での捕獲→ニュートリノ生成→IceCubeでの非検出)を詳しく計算し、既存のIceCubeデータが多くの非弾性モデル領域を排除することを示しました。論文は先行研究(Pospelov & Ramani)を確認し、さらに広いモデル群について同様の制約を与えると報告しています。特に、暗黒物質がニュートリノ、タウ粒子、重いクォーク、あるいはゲージ粒子やヒッグス粒子のような最終状態にかなりの確率で消滅する場合、LZで説明可能な多くの非弾性シナリオはIceCubeの非観測と矛盾します。論文中の結果図は、これらの崩壊チャネルごとに排除線を示しています。
重要な注意点もあります。まずLZでの単一の高エネルギー事象は局所的な有意性がありましたが、全体を通した有意性は小さくなっています。したがって事象の実在自体がまだ確定ではありません。また、上述の制約は暗黒物質が「ニュートリノなどを出す」消滅経路をかなり持つ場合に強く働きます。もし暗黒物質がほとんど見えにくい(ニュートリノをほとんど出さない)経路で消滅するなら、IceCubeによる制約は弱くなります。さらに計算では太陽中の元素分布や単回散乱近似(太陽は暗黒物質に対して光学的に薄い)などの標準的な仮定を採っています。これらの仮定を変える特殊なモデルや、非熱的生成などの別の宇宙論的シナリオでは、本研究の結論の当てはまり方が変わる可能性があります。