地震リスクと国への愛着:高リスク地域ほど誇り・闘志・国民優先が強まるという分析
この論文は、長期的な地震リスクが人々の「国への愛着」にどのように影響するかを調べています。「国への愛着」は二つに分けて考えられます。ひとつは配分の側面(災害時に誰に資源を配るかというルールとしての国籍)、もうひとつは表現の側面(誇りや国を守る意思など感情的な結びつき)です。著者は、地震リスクがどちらの側面に影響するかを分けて検討しています。
研究者は世界価値観調査(World Values Survey)の個人回答を使いました。期間は1981年から2022年までで、63カ国、494のサブナショナル地域を結び付けています。地域ごとの「高リスク地帯からの距離」を説明変数にして、国と年ごとの固定効果や緯度・海岸からの距離などを入れた比較を行いました。主要な結果は、震源に近い地域ほど国の内集団志向が強くなるというものです。合成指標(国民コア指数)で標準化効果は−0.098標準偏差(距離が短い=数値は負)であり、個別項目でも「非常に誇りに思う」では−0.052、「国のために戦う意思」では−0.066、「仕事が不足するときに自国民を優先する」では−0.075という推定値が示されました。
メカニズムの説明は二つのチャネルに分かれます。配分チャネルでは、地震のような「共通で起きる被害(共変的リスク)」が近隣の助け合いを弱めるため、国家というより大きな配分ルール(国民であること)に頼る必要が出てくると考えます。表現チャネルでは、被害を「国としての試練」と語るための象徴的な道具立てが必要です。調査結果は宗教性の上昇と並行しており、国家と宗教の制度的な整合が高い場所ほど誇り(表現)の反応が強く、整合が低い場所ではほとんどゼロであると報告しています。
補助的な分析も行われています。隣接する調査波の間に実際の地震が起きた地区と起きなかった地区を比較するデザインでは、平均的には短期的な変化は見られませんでした。ただし、移動しにくい高齢者や土地への愛着が強い住民に限ると、実際の地震が国への志向を動かすという結果が出ました。これは態度が「慢性的で逃げられないリスク」を反映しているという説明と一致します。
重要な注意点として、著者は多様なロバストネスチェックを行い、夜間の光量や個人特性、民族グループ固定効果、他の自然災害(津波、嵐、火山)では同じパターンが出ないことなどを示して、地震リスクとの関連が単なる地理的・人口学的な偏りではないことを示そうとしています。しかし、論文自身も異なる推定設計が別の対象を捉えていることを認め、分野間の比較はまだ不確かだとしています。結論は観察データに基づく関連と解釈されており、著者は需要側(住民側)からの国への結びつきの成り立ちを示す理論モデルも提示していますが、因果関係を完全に断定する余地は残ります。