BESIIIとLHCbの新手法で測定したCKM角γは(71.3±5.0)度:モデルに依らない「重みづけ」法で感度向上
この論文は、クォークの振る舞いを表すCabibbo–Kobayashi–Maskawa(CKM)行列の角の一つ、γ(ガンマ)を新しい解析法で測定した報告です。電子・陽電子衝突のBESIII実験のデータ(積分ルミノシティ8 fb−1)と陽子・陽子衝突のLHCb実験のデータ(9 fb−1)を組み合わせた共同解析で、CP(荷電共役・空間反転)対称性の破れにかかわる角度をγ=(71.3±5.0)°と求めました。著者らは「今回の結果が単一解析としてはこれまでで最も高い精度」と述べており、従来の測定値や世界平均と整合しています。
γは標準模型でCP対称性の破れを記述するCKM行列の位相にあたります。CPの破れは宇宙の物質と反物質の不均衡を理解するうえで重要です。特にB→D K(あるいはDπ)といった木構造(tree-level)過程から直接測るγは、理論的不確かさが小さく、新しい物理を探すための基準値になります。その精度を上げることは、標準模型の検証において重要です。
解析で使った実験的な材料は次の通りです。LHCb側ではB±→D(→K0S h+ h−) h±(hはπかK)という崩壊を観測してCPに依る違いを取ります。一方、BESIII側ではψ(3770)崩壊で生成される量子相関したD D̄対を使い、両方のDがK0SまたはK0Lを含むh+ h−最終状態に落ちる「ダブルタグ」崩壊から、D0とD̄0の間にある強位相(strong phase:強い相互作用に由来する位相差)に関するパラメータを測りました。両実験の観測量を同時にフィットすることで、CPを破るパラメータと強位相パラメータを同時に決定しています。
方法の特徴は「アンビン(binnedでない)、モデルに依らない重みづけ」アプローチです。従来の位相空間を区切るビン分け法は各ビン内の情報を平均化するため感度を一部失います(既存のビニング法は約85%の感度を保持すると見積もられていました)。本研究では二つの要素を組み合わせた重み関数を用います。一つは強位相の空間的変化を捉えるフーリエ展開に基づく成分です。もう一つはrD(z)(D0とD̄0の振幅比)や検出効率や背景の分布を取り込んだ最適重みw_optです。振幅モデルは重みを作るためだけに使われ、データの直接的なモデル化には用いないため、測定自体はモデル非依存に保たれます。ただし、より良い振幅モデルがあれば重みが改善され、結果の感度向上に寄与します。
この測定法は直接測定の精度向上に寄与します。直接のγ測定を精密化すると、ループ過程(間接的測定)からの制約と比較してCKM行列の一貫性を厳密に調べられます。それは新しいCP破れの源や標準模型を越える物理の手がかりにつながる可能性があります。実際の解析では、検出効率や背景はGeant4ベースのシミュレーションなどで評価・補正され、背景事象は重みづけ後に差し引かれています。
重要な注意点もあります。今回の公表値の不確かさは±5.0°です。解析の形式的な導出ではD混合(D0とD̄0の時間発展による混合)やD崩壊でのCP非対称性を無視する近似が用いられている点が明記されています。また、重み関数は振幅モデルに依存して構成されるため、モデルの不完全さは感度に影響しますが、結果そのものは重みの定義に基づく非依存的な方法で得られています。さらに背景や検出効率の補正はシミュレーションに依存するため、これらの評価が結果の信頼性に影響を与えうる点にも留意が必要です。