最新の大規模言語モデルが分子の三次元形を“理解”する能力を思いがけず示す
研究チームは、大規模言語モデル(LLM)が分子の三次元構造からどれだけ安定な配座(同じ分子の異なる空間配列)を判断できるかを調べました。結果は意外でした。古いモデルは苦戦した一方で、最近公開された最先端モデルのいくつかは、古典的な簡易計算法(力場)より良いか同等の成績を出しました。検査は合計810個の幾何情報(27分子×30配座)を使って行われました。
実験で使ったベンチマーク「LLMConfBench」では、各配座の座標(XYZファイル)をモデルに与え、安定性の順位を返してもらいます。参照ラベルにはr2SCAN-3cという密度汎関数理論(DFT:物質の電子エネルギーを近似する量子化学計算)の結果を用いました。評価は「Conformers Ranking Accuracy」という指標で行い、安定さの差が2.0 kcal/mol(キロカロリー毎モル)を超える明確な対のみを比較して、曖昧な近接ケースを除外しました。座標はランダムに回転して与え、モデルがデータを丸暗記している可能性を下げる工夫もしています。
得られた結果では、2025年7月以前に出たモデルは総じて低い精度でしたが、GPT-5.6 Sol、Kimi K3、Gemini 3.6 Flashなど2026年に入って公開された前線モデルは、古典的な力場の一つであるUniversal Force Field(UFF)より良い平均スコアを出しました。さらに、GPT-6 Astra(平均0.67)とClaude Opus 5(平均0.61)は、より新しい力場であるGFN-FF(平均0.72)にかなり近い成績を示しました。一方で、1996年から使われるMMFF94という古典力場はこのテストで最も高い一致率(平均0.93)を示しています。
モデルの説明文を解析すると、言語モデルは「水素結合」のように科学文献で明確に表現される分子内相互作用を伴う分子で特に良く働きました。逆に「環ひずみ(ring strain)」のように文献であいまいに語られる概念に基づく場合は、多くのモデルが苦手でした。ただしGPT-6 AstraとClaude Opus 5の二つはこの点で例外的に性能が高く、力場が得意とするケースにも近づいています。研究者は、この能力が科学的な知識やコーディング、抽象推論の性能向上から意図せずに転移して生じた可能性を指摘しています。
重要な注意点もあります。本研究は主に軽元素(H, C, N, O, F)を含む「小さな有機分子」(QM9データ集合から選択)を対象にしています。より大きな分子や複雑な化学空間に同じ結果が当てはまるかは不明です。また評価はエネルギー差が明確な対に限定しており、近接したエネルギーの場合の判定は検証していません。さらに、言語の表現に依存した推論が中心であるため、物理法則を直接学習したのとは異なる可能性があり、現状では既存の力場や量子計算を完全に置き換える段階には達していません。それでも、この「言語モデルが分子の幾何を理解する能力」は、今後の自動分子探索や創薬ツールの出発点として現実的な期待を持たせる結果です。