情報が制限された市場での「完全市場」と価格の投影:有限時間・有限状態での結果
この論文は、投資家が遅れた情報や限られた情報を使って売買する場合に、市場が「完全」かどうかを調べます。ここで「価格」は投資家の情報に合わせて必ずしも見えていません。研究者は、割引済み価格を投資家の情報に条件付けして得られる「オプショナル投影」と、それをマルチンゲール(将来の期待値が現在と等しい確率的性質)にする確率測度に注目しました。以前の第一基礎定理(Kabanov と Stricker)では、こうした測度が存在することが裁定(アービトラージ)不在と同値になると示されています。論文はこれに続いて「完全性」の問題を扱います。つまり、投資家が得られる情報で見た終端の価格履歴に基づくすべての請求(クレーム)が複製(ヘッジ)できるかを調べます。 研究者たちはまず「固定された投影」を仮定して解析しました。固定した投影とは、ある確率測度の下で割引価格を投影して得た過程を決め、それを変えない設定です。この場合の主な結論は明快です。投影された価格過程に対するすべての等価マルチンゲール測度(等価な確率測度であって、投影後の価格がマルチンゲールになるもの)が、終端の価格情報を表すシグマ代数(二つの状態を区別する情報の集合)に関して同意するならば、その投影に基づくすべての請求は達成可能(複製可能)だ、ということです。逆もまた成り立ちます。これは有限状態・有限期間の線形代数的な分離論法に基づく証明で示されています。 さらに元の価格過程(投資家に見えない部分を含む)に戻ると、やや意外な差が出ます。もし元の市場で使えるすべての「オプショナル・マルチンゲール測度」が同じ投影を与える場合、投影市場の完全性は元の測度たちの射影(制限)を一意に決めます。しかし逆は成り立ちません。論文は三状態モデル(ごく小さな例)で、唯一のオプショナル・マルチンゲール測度があるにもかかわらず、投影市場の完全性の逆が失敗する具体例を示します。つまり、元の測度が一意でも投影後の市場が完全かどうかは別問題です。 特に分かりやすい例として、二項モデル(各期間に上がるか下がるかしかないモデル)を遅延情報で扱った場合の結果が示されています。時間遅れを k 期間入れると、有効な取引期間が (T−k)^+(ここで T は総期間、(·)^+ は正の部分)に短くなりますが、その投影市場は完全になります。論文はこの場合の明示的な複製(ヘッジ)手順を与えます。ただし重要な点は、この「投影市場での複製」が元の価格での複製と同じ意味ではないことです。元の価格過程は投資家の情報に適応していないことがあり、元の現金残高や富の条件付き期待と投影後の値が入れ替わらない(“条件付き投影が可換でない”)具体例も示されています。 最後に注意点です。本研究は有限の状態空間と有限の時間幅に限定した結果です。連続時間や無限状態の市場については主張していません。また、投影が測度に依存するため、測度を変えると投影された過程自体が変わる可能性があります。情報削減によって完全性が失われる場合や、投影された市場と元の市場で測度のクラスが一致しない場合があるという不確実性も強調されています。論文は具体例と構成的な複製法を示してこれらの差を明確にしていますが、実務上の適用にはこれらの限定条件を踏まえる必要があります。