グラスマ(glasma)初期に多数のクォークが非摂動的に生成——WAGASHIイベント発生器が示す早期輸送の様子
この論文は、重イオン衝突のごく初期に現れる「グラスマ」と呼ばれる強い色電磁場の場から、非摂動的にクォーク・反クォークが生成され、その後どのように運動するかを調べた研究です。著者らは新しいシミュレーションコード「WAGASHI」を作り、場の進化、クォークの輸送、そしてシュウィンガー効果(強い場から真空が粒子を生む非摂動的過程)をイベントごとに結び付けて解析しました。結果として、最終的なハドロン数に匹敵する量のクォークがグラスマ段階で既に生まれ、その後運動量の広がりやスピンの乱れを受けることが示されました。これらは後の平衡化に寄与する可能性があります。
WAGASHIは三つの要素を組み合わせています。第一に、古典的ヤン–ミルズ方程式を実時間のブースト不変な(2+1)次元格子上で解いてグラスマ場を作ります。第二に、局所的に一定とみなす近似(LCFA)と色のアベリアン射影を用いて、各空間セルでのシュウィンガー対生成率をサンプリングします。第三に、生成されたクォークを色荷を持つ粒子としてWong方程式で伝搬させ、スピンの進動は拡張されたBargmann–Michel–Telegdi方程式で扱います。初期入力はMcLerran–Venugopalanモデルに基づき、ALICEやCMSの荷電粒子多重度に合わせてパラメータを調整しています。計算上の工夫により、局所率の実装は直接ディラック方程式を解く方法よりも格段に計算負荷を下げています。
具体的な結果としては、中心衝突のPb–Pbでは適切な時刻(論文で示された目安はτ≈αs−3/2Q−1s、弱結合でαs≈0.3かつQs≈2–3GeVの場合で約0.5fm/c)までに、単位擬ラピディティあたりおよそ400個程度のクォークと反クォークが生成されることが示されました。一方で小さなO–O衝突では総数が約15個と小さく、核の質量数Aに対してN∝A4/3のスケーリングがおおむね成り立ちPb/O比は約30となりました。生成直後の横運動量分布は強い色磁場によるランドー準位のため非常に低いpT(横運動量)に集中しますが、グラスマ中を進む間に色ローレンツ力でランダムウォーク的に運動量が広がり、pT≲1GeVの低pT領域では有効温度T≈150MeVのボルツマン様形状を示しました。ただし全域ではタリス分布(非熱的なパラメータqが1からずれる)であり、低pTの“熱っぽさ”が完全な運動学的平衡を意味するわけではないと著者は注意しています。さらに、保存荷(バリオン数、電荷、ストレンジネス)とスピン偏極の事象ごとのばらつきを求め、特に小さいO–O系で大きなゆらぎが現れることを報告しています。
なぜ重要かというと、グラスマ段階で生成されたクォークが後続するハイドロダイナミクスの初期条件を決めるからです。初期の荷やフレーバー、スピンの分布は、後で観測されるダイレプトンやフォトンの生成、異常輸送現象、スピン偏極などに影響します。WAGASHIのように場の生成とクォークの非摂動的生成・輸送を一貫して追うことで、これら初期条件をより現実的に与えられます。特に小系衝突では事象ごとのゆらぎが大きくなり、グラスマ起源の信号を見つけやすい可能性があります。
重要な注意点もあります。シュウィンガー生成の実装はLCFAとアベリアン射影(最大アベリアンゲージでCartan成分を用いる)に依存します。LCFAは場が十分ゆっくり変化する場合に妥当ですが、非アベリアン場の一般的な構成に対するアベリアン化は常に正当化されるわけではありません。加えて、グラスマ記述はごく初期の短時間(論文で示す目安はτ≲0.5fm/c)で妥当であり、その後は摂動的プロセスや散乱が支配する段階に移ります。低pTでのボルツマン様スペクトルは「熱っぽい」形を示すにすぎず、系全体が運動学的に平衡化したことを証明するものではありません。最後に、これらの結果はモデルの選択やパラメータ当てはめに依存するので、将来の検証と詳細な不確かさ評価が必要です。