中国を中心にまとめた「高エネルギー物理学と人工知能(AI)」の初期ロードマップ
この論文は、高エネルギー物理学(HEP)と人工知能(AI)が交わる研究の現状と今後の方向を、中国を中心にコミュニティの議論から整理した初期的なロードマップです。2025年の「量子コンピューティングと機械学習ワークショップ(青島)」での議論が作成の動機になっています。目的は将来の協調的な取り組みを促すための出発点を示すことです。著者たちは、全コミュニティを代表するものではなく、一連の議論と調査に基づく部分的で変化するスナップショットであると明言しています。
この文書では、AIとHEPの研究を実験(HEP-ex)、現象論(HEP-ph、実験データと理論のつなぎ役)、高エネルギー理論(HEP-th)、および大規模言語モデルやエージェント型システムなどの汎用ツールに分けて概観しています。歴史的にはニューラルネットワークやブーステッド決定木が既に末期20世紀から使われてきたことに触れ、近年はディープラーニングや生成モデル、グラフニューラルネットワークなどの現代的手法が幅広く取り入れられていると述べています。
具体的な応用例も示されています。実験側では、ビッグデータを扱う施設が多く、北京スペクトロメータ実験(BESIII)、Jiangmen地下ニュートリノ観測所(JUNO)、大規模高地空気シャワー観測所(LHAASO)といった現行実験に加え、Super Tau-Charm Facility(STCF)やCircular Electron Positron Collider(CEPC)のような計画が今後の規模と精度を広げるとされています。畳み込みネットワークやグラフニューラルネットワークは粒子識別や軌跡再構成に使われ、flowベースの生成モデルは検出器シミュレーションを非常に高速化します。ブーステッド決定木や小型ニューラルネットワークはハードウェアトリガ(実験で保持するデータを瞬時に選ぶ仕組み)で低遅延の判断を可能にします。さらに、現場で動くグラフィックス処理装置(GPU)やフィールド・プログラマブル・ゲート・アレイ(FPGA)上で異常検知を走らせるなど、リアルタイム処理への応用も期待されています。
なぜ重要かというと、HEPは大量で複雑なデータを扱い、微細で稀な信号を背景から見つける必要があるため、AIが効率と精度を高める余地が大きいからです。加えて、実験の設計段階からAIを組み込む「共同設計(co-design)」により、検出器の形状や読み出し回路とアルゴリズムを同時に最適化できれば、将来の実験の能力を高められる可能性があります。国際的には米国のIAIFI(Institute for Artificial Intelligence and Fundamental Interactions)や欧州のEuCAIF、日本の機関などの取り組みがあり、東アジアでも「AI+HEP in East Asia」など地域の自発的な活動が活発です。中国でも研究グループやワーキンググループが増えていますが、取り組みはまだ分散していると指摘されています。
重要な留保点も明確です。本書はコミュニティの全体を代表するものではなく、著者らや協力者の視点から集めた選択的なまとめであると繰り返し述べています。真に効果的なロードマップにするには、より広いコミュニティの意見を取り込む追加調査と、ソフトウェア・ハードウェアの基盤整備や人材育成、物理学者・エンジニア・AI研究者の密な協働が必要です。将来の成果は、このような協調投資と継続的なコミュニティ構築に依存すると論文は結んでいます。