明るいサイレン(電磁対応の重力波)でH0を精密測定する道筋:アインシュタイン望遠鏡時代の予測
この論文は、電磁波で正体がわかる「明るいサイレン(Bright Sirens)」を使って宇宙の膨張率(ハッブル定数 H0)をどれだけ正確に測れるかを予測したものです。著者らは第三世代の重力波望遠鏡であるアインシュタイン望遠鏡(Einstein Telescope, ET)が将来検出する、電磁対応が確認できた二つの中性子星の合体(バイナリー中性子星、BNS)を想定して解析しました。明るいサイレンは、重力波信号から直接に明るさに相当する距離を得られ、対応する電磁観測で源の赤方偏移(z)を測れば距離と赤方偏移の対応が得られるため、距離はしご(distance ladder)に依らない独立な手段です。論文はこの手法で将来どれだけ H0 を絞れるかをシミュレーションで示します。
研究者らは、現在唯一の明るいサイレンであるGW170817を基準として、イベント数や赤方偏移分布を変えたモック(模擬)カタログを作成しました。解析は平坦なΛCDM宇宙論モデル(Λは宇宙定数、CDMは冷たい暗黒物質)内で行われています。モックは低赤方偏移から中・高赤方偏移までの分布を想定し、重力波の距離不確かさや電磁対応が同定される確率などの条件を反映させています。結果はモンテカルロ的な予測であり、実際の検出数や対応同定率に依存します。
主な結果は、単独の明るいサイレンだけを使う場合、H0 に関する情報の大部分は低赤方偏移のイベントが担うという点です。赤方偏移が z ≳ 1 を超えると、H0 の精度改善は頭打ちになります。その理由は、より高い赤方偏移では距離–赤方偏移関係が物質密度パラメータ(Ωm)に敏感になり、H0 と Ωm の間に「縮退(どちらの値でも説明できてしまう)」が生じるためです。定量的には、単独で σ(H0) ≈ 1 km s−1 Mpc−1 の精度を得るには低赤方偏移の明るいサイレンが約90件、σ(H0) ≈ 2 km s−1 Mpc−1 なら約45件が必要だと見積もられています。なお、現在のGW170817単独から得られる H0 の事後分布はまだ広いことも示されています。
一方で、外部の観測データを追加して H0–Ωm の縮退を緩和すれば、必要なイベント数は大きく減ります。論文では将来のバリオン音響振動(BAO: Baryon Acoustic Oscillations)測定、たとえばSKA Observatory(SKAO)による模擬BAO情報を組み合わせた場合を検討しています。BAOは宇宙の大きなスケールでの標準尺(長さの目盛り)として働き、Ωm に強く制約を与えます。BAO を入れると中間赤方偏移のサイレンが有益になり、σ(H0) ≈ 1 km s−1 Mpc−1 に達するには約20件、σ(H0) ≈ 2 km s−1 Mpc−1 には約15件でよいと結論しています。これらの結果は、電磁対応の同定と背景的な観測(BAOなど)の両方が重要であることを示します。
重要な注意点として、本研究はモックカタログに基づく予測です。結果は平坦なΛCDMという宇宙論の仮定、電磁対応の発見率や選択関数(どのイベントが電磁的に見つかるかの確率)、重力波距離測定の誤差分布などに敏感です。また、実際の観測では系統誤差や検出効率、天候や望遠鏡の運用状況などが影響します。高赤方偏移での H0 制約が伸びない理由は Ωm との縮退に起因するため、別の宇宙モデルや未知の系統誤差があると結論は変わり得ます。論文はこれらの制約を踏まえ、明るいサイレンが距離はしごに依らない競争力ある手段になり得る一方で、電磁対応の同定能力と補完的な背景観測の確保が鍵だと結んでいます。