「一般化対称性」が説明するヒルベルト空間の断片化の仕組み
この論文は、量子多体系で観察される「ヒルベルト空間の断片化(fragmentation)」が、従来考えられていたより広い種類の対称性によって起きうることを示します。ヒルベルト空間の断片化とは、系の大きさに対して動力学的に互いに行き来できない部分空間(Krylovセクター)の数が指数的に増える現象です。これまでは断片化が熱化の失敗(エルゴディシティ破れ)の証拠とみなされてきましたが、本研究は必ずしもそうとは限らないと指摘します。一般化対称性(高次形式、サブシステム、ゲージ、非可逆対称性など)が同様の断片化を生むことを示しています。
著者らはまず、単純で分かりやすい条件の下で断片化が必ず起きることを証明する命題(Proposition I)を示します。条件は、翻訳不変な局所ハミルトニアンと、保存される演算子Uが存在し、そのUの不連続に離れた平行移動コピーが多数作れること、さらにUが基底の積状態で対角化されること、というものです。このときUの取りうる固有値が少なくとも2種類あると、独立な平行移動の個数に応じてKrylovセクターの数が少なくともexp(c L^f)と指数的に増えると結論づけられます。具体的には、高次形式(p-form)対称性やゲージ対称性、サブシステム対称性はこの条件に当てはまりやすく、それが断片化を生む原因になり得ます。
さらに著者らは、従来の可逆な(群をなす)対称性だけでなく、非可逆の対称性も断片化を深めうることを示します。ここでは部分同値(partial isometry)と呼ばれる演算子を用いる命題(Proposition II)を提示します。ある対称性セクターを選ぶ射影子Pがあり、その中で演算子Uが積状態で対角化されれば、そのセクター内でも同様に指数的な分裂が起きる、という内容です。こうした非可逆対称性は、たとえば臨界イジング模型に現れるような双対性と関係があります。
論文は具体例として三次元のU(1)量子リンクモデルを取り上げ、どのようにゲージ対称性や平面単位の磁化を表すサブシステム1-フォーム対称性が、積状態基底で多数の対称性セクターを生むかを示します。例では局所U(1)ゲージ生成子Grが7つの値を取り、系のサイズに応じて最低でも7 L^{3/2}個のセクターがあること、さらに平面ごとの磁化W^{(1)}_{xy}(z)はL^2+1個の固有値をもち、これがL回並べられることでさらに多数のセクターを作ることが具体的に議論されています。こうした計算は、どの対称性が断片化の主因になっているかを明確にします。
重要な結論は、Krylovセクターが指数的に増えることだけでは自動的にエルゴディシティ破れを意味しない、という点です。一般化対称性による分裂は系の動的な可動域を制限しますが、個々のセクター内での振る舞いは別問題です。あるセクターがさらに非エルゴディック(たとえば「量子スカー」と呼ばれる特殊状態を持つ)になりうる一方で、多くのケースではセクター内で通常の熱化が起きうると著者らは指摘します。また、すべての保存演算子が対称性と見なせるわけではなく、局所性や位相的性質など追加条件が必要になること、開境界条件では境界効果による修正が生じうることも明記されています。
論文はさらに、乱れ(ディスオーダー)を入れなくとも「乱れなし局在(disorder-free localization)」に見える現象が、セクター内での制限された熱化(Krylov-restricted thermalization)として説明できると示します。つまり、翻訳不変性を欠くセクターが存在すると、系全体として局在して見えることがあるが、それは必ずしもゲージ対称性や本格的なエルゴディシティ破れを必要としない、という点を主張します。全体として、この研究はさまざまな断片化現象を「一般化対称性」という統一的な枠組みで説明し直し、断片化の解釈と実験や数値の読み取り方に注意を促す仕事です。