二次元Z2格子ゲージ理論の基底状態を量子アルゴリズムで得る試み:ガウス則を保つQITEの古典シミュレーション
この論文は、二次元の純粋なZ2格子ゲージ理論の基底状態を求めるために、決定論的量子虚時間発展(QITE)アルゴリズムを適用した研究です。Z2格子ゲージ理論は格子上で定義される簡単な場の理論のモデルで、理論物理で相転移やゲージ対称性を調べる際の試験場になります。研究者らは、量子コンピューターで非ユニタリな虚時間発展を近似して基底状態に到達することを目指しました。
決定論的QITEは、虚時間発展(本来は非ユニタリ)を、パウリ演算子(量子ビット上の基本的な作用素)の線形和で表したユニタリ演算によって近似します。各ステップでその係数を線形方程式を解いて決めます。全体はスズキ=トロッター分解という方法で小さな時間片に分けて進めますが、一般に多くの測定やゲートが必要になります。本論文では、まずガウスの法則による局所的な制約(場の保存則に相当する条件)と可換なパウリ演算子の集合を、既報よりも一般的な支持範囲で構成しました。これによりQITEを「ゲージ不変(ガウス則を満たす)」に保ちながら、測定量とゲート数を大幅に減らせることを示します。論文中では、Y演算子の個数が奇数のパウリ集合に絞るなど、実際の計算量を減らす具体的な手法も述べられています。
手法の評価は古典的な数値シミュレーションで行いました。テンサーネットワークという古典計算手法を使い、結果を密度行列繰り込み群(DMRG)法と比較しています。扱った系は「はしご状」ジオメトリ(垂直方向に2本のリンク)で、横方向の系の長さ(プラケット数)と結合強度を変えて調べました。その結果、研究領域で検討した結合値と系サイズについては、十二プラケットまでで基底エネルギーの相対誤差が0.1%未満に収まることが確認されました。また、時間刻み幅やステップ数に依存するアルゴリズム誤差の挙動も調べており、計算誤差の要因について議論しています。
この仕事の意義は二つあります。ひとつは、ガウス則を明示的に守ることで物理的に正しい部分空間だけを扱い、不要な測定やゲート操作を減らせる点です。もうひとつは、特定の格子ゲージ理論について資源見積もりを具体的に示した点で、将来の量子ハードウェアでの実行可能性評価に役立ちます。虚時間発展は基底状態や熱平衡状態の獲得に重要な手法なので、実用化に向けた一歩といえます。
ただし重要な制約もあります。結果はノイズのない古典シミュレーションに基づきます。実際の量子ハードウェア上での誤差や測定ノイズはここでは扱っていません。扱った系も横方向最大十二プラケットという比較的小さなサイズと、はしご状という特定の形状に限られます。さらにQITE自体は支持範囲が広がると測定コストが急増する性質があり、今回の対策で大きく改善しているものの、一般には依然として測定やゲートの負担が課題です。今後はより大きな系や実機での検証が必要です。