オンライン分断を防ぐには「話題の切り替え」と「模範となる発言者」が効く — 発言の制限は逆効果になり得る
この論文は、複雑な個人のアイデンティティを組み込んだ心理学に基づく計算モデルを使って、オンライン上の政治的分断(ポラリゼーション)を防いだり逆転させたりする方法を調べた研究です。研究者らは、発言の範囲を狭めるだけでは分断を抑えられない場合が多く、むしろ別の手立て――注目を変えることや規範の運用、影響力のある人物による非分極的な振る舞いの可視化――が有効だと報告しています。重要な注意点として、一度分断が固定化すると、介入が成功しても潜在的な過激化が残りやすいと結論づけています。
研究チームは、個人を単一の態度ではなく「複数の自己(セルフ・アスペクト)」を持つ存在としてモデル化しました。人は複数の話題で異なる側面を出すことがあり、短期の記憶(直近に見聞きした発言)を保持して判断に使います。モデルには「ソフトなオーバートン窓」として最近見た発言に基づく発言のしやすさと、「ハードなオーバートン窓」としてプラットフォーム等が定める社会的に受け入れられる態度の範囲の両方が組み込まれています。さらに、似ている人に近づきたがる力(イン・グループの引力)と差を示したがる力(アウト・グループの反発)が同時に働くように設計されています。
彼らはこのモデルを使い、大規模シミュレーションで掲示板やスレッド型の会話を想定して動きを調べました(Reddit、Facebook、Xのような構造を参考にしています)。その中で、いくつかの現実的な介入をプラットフォームのルールやアルゴリズムとして実装して効果を比較しました。結果の要点は次の通りです:社会で許容される意見の範囲(オーバートン窓)を変えても分断の解消には限界があり、最適化しようとすると逆に分断を誘発することがある。対照的に、注目を議論の少ない話題に向ける「注意のナッジ」や、既存の規範を破ることのコストを高める施策は分断の発生を防ぐことが多い。ただし、これらは一度進んだ分断を元に戻すことにはあまり成功しません。
最も効果的だったのは、非分極的な言動を示す有力人物(エリート)の可視性を高めることでした。影響力のある人が穏やかな対話をモデル化すると、分断の予防と逆転の両方で高い効果が得られました。しかし重要な留意点として、アイデンティティが複雑な場合には、分断が一度定着すると介入後も「潜在的な過激化(latent extremism)」が残ることが多いと著者らは指摘しています。つまり見かけ上の分断は解消できても、深いところに残る極端な傾向は完全には消えない可能性があります。
この研究は計算モデルに基づくシミュレーション研究です。モデルは心理学的な要素を多く取り入れて現実に近づけていますが、実際の人々やプラットフォームで同じ効果が得られるかは別途実証が必要です。また、介入の実施方法や倫理的・法的な問題、プラットフォーム運営上の制約などは本研究の範囲外です。著者らは、表現の範囲を単純に狭めることに頼るのではなく、注目の配分や規範の運用、有力者の振る舞いの可視化といった多面的な手法を検討すべきだと結論づけています。