ATLAS、鉛イオンの「当たりどころ」で核の中の粒子分布の変化を観測
大きな原子核に光子が当たって起きる高エネルギー反応を調べたところ、核の内部での「粒子の持つ運動量の分布(nuclear parton distribution、nPDF)」が当たりどころ、つまり衝突した点からの距離によって変わることが実験的に示されました。欧州原子核研究機構(CERN)のATLAS実験は、2018年の鉛対鉛(Pb+Pb)衝突データ(中心質量エネルギー √sNN = 5.02 TeV、積分ルミノシティ 1.72 nb−1)を使って、この効果を検出しました。統計的な有意性は6.0σと報告されています。これは強い証拠に相当しますが、解釈には注意点もあります(後述)。
研究チームは「超周辺衝突(ultra-peripheral collisions、UPC)」と呼ばれる、二つの原子核がほとんど触れ合わない状況で起きる光子核反応(γ+A)を使いました。反応の結果として飛び出すジェット(噴出する粒子の束)を、anti-k_t 法という標準的なアルゴリズムで半径パラメータ R=0.4 のジェットとして再構成し、ジェットの運動量から粒子に割り当てられた運動量割合(論文中の x_+ や z_- といった変数)を決めて解析しました。同じ条件で、前方(ビーム方向)に中性子が出たかどうかでイベントを二種類に分けました。中性子は零度カロリメータ(ZDC)で検出します。中性子がまったく出ない「0n0n」と、中性子が出る「0nXn」を比べることで、衝突の“当たりどころ”に相当する影響を間接的に調べます。
物理的な考え方は次の通りです。光子が核の縁の方で核子をたたくと、たたかれた側の核はほとんど壊れず中性子を出さないことが多く、これは大きなインパクトパラメータ(衝突の中心からの距離 b_A)が働いていると解釈できます。一方、中心付近をたたくと核が壊れて前方中性子が出やすく、小さい b_A に対応します。ATLASの解析では、低い z_- 領域で非回折的な成分が支配的になる領域を選んで、0n0n と 0nXn の x_+ による断面積の形を比較しました。その結果、x_+ に対する断面の形が両者で異なり、特に大きな x_+ では大きな b_A の場合に核効果がほぼ見られない(自由な陽子・中性子の場合に近い)という傾向が確認されました。
この結果は重要です。核内でのクォークやグルーオンの分布(nPDF)が衝突の当たりどころによって変わるという直接的な実験的証拠は、これまでの多くの核データの解析で無視されがちだった空間依存性を見直すきっかけになります。理論的には、低い x での「シャドーイング(shadowing、分布の抑制)」や中〜高 x での「EMC効果(核内での分布の修正)」が、核の密度や短距離相関、ニュートロン・スキンなどにより b_A に依存することが想定されてきました。今回の観測は、そうしたアイデアに実験的な裏付けを与えます。
ただし重要な注意点があります。中性子の数とインパクトパラメータ b_A の関係は直接測定されるわけではなく、散乱過程や励起崩壊の過程に依存するため完全に単純ではありません。また、回折的過程(核がコヒーレントにポンペロンを放出して壊れないタイプ)や追加の電磁解離で中性子が出る場合があり、これらは背景となります。解析では回転位置(ラピディティギャップ)などで回折成分を減らす工夫をしていますが、モンテカルロ・シミュレーションにも制約があります。例えば Pythia8 という事象発生器は前方中性子放出を直接シミュレートしないため、いくつかの近似でモデル化しています。したがって今回の結果は強い示唆を与えますが、解釈や理論への組み込みには追加の研究と詳細なモデリングが必要です。