高い運動量で飛んだヒッグス粒子がW対に崩壊する様子を初めて専用で探査 — CMSが13TeVのデータで結果を報告
この論文は、ヒッグス粒子が非常に高い横方向運動量(pT)を持ってWボソンの対(WW)に崩壊する事象を探す検索です。研究はCERNのCMS実験で、プロトン同士の衝突エネルギー√s=13TeVのデータを2016–2018年に集めた総積分ルミノシティ138fb−1を用いて行われました。解析の結果は、測定された断面積に対する標準模型(SM:Standard Model)の期待値比μ=−0.19+0.48−0.46であり、背景より有意な信号は見つかりませんでした。これは高いpT領域でH→WWを専用に調べた最初の研究にあたります。
研究チームは、ヒッグスが非常に速く飛んでいるときに生じる「ブースト」された状態を狙いました。ここでは、2つのWボソンの生成物が方向的に近づき、小さい角距離ΔRで互いに重なり、観測上は一つの大きな半径のジェット(噴出物の塊)として現れます。解析は、ジェットの中に孤立した一つのレプトン(電子またはミューオン)がある「1ℓ」チャネルと、レプトンがない「0ℓ」チャネルに分けて行われます。1ℓはさらに、主要な生産過程であるグルーオン融合(ggF)、ベクトルボソン融合(VBF)、ベクトルボソンと一緒に生成される場合(VH)に分けて解析し、0ℓはすべての生産過程を含める包括的な扱いです。
対象のヒッグス候補ジェットの識別には、PARTと呼ばれる最新の「トランスフォーマー」ベースのアルゴリズムを使いました。トランスフォーマーとは、個々のジェット構成粒子の重要度を自動で学習して強調する自己注意(self-attention)と呼ばれる機械学習手法です。さらにジェットの特性を補正するためにLundジェット平面の再重み付けという校正手法を用いています。ニュートリノなど見えない粒子がある場合は、観測されるジェットと欠損運動量ベクトル(missing pT)からヒッグス四元運動量を再構成し、再構成質量分布に対するフィットで信号を抽出します。
この研究が重要なのは、高pT領域が標準模型の理論計算で大きな修正や高次効果を受けやすく、実験的な検証が新しい物理の手がかりになる可能性がある点です。これまで高pTのヒッグス探索は他の崩壊モード(例えばH→bbやH→ττなど)で主に行われてきましたが、本研究はH→WWの「非常にブーストされた」場合に特化した初の専用解析として、それらを補完します。
重要な留意点として、本解析では期待値比μの不確かさが大きく、現在のデータでは標準模型予測からの明確な逸脱や新しい信号は示されていません。また、背景事象(多重ジェットやW+jetsなど)のモデリングやシミュレーションに依存する部分があり、これらの扱いが感度に影響します。ttH(トップクォーク対と同時生成)過程は専用化されていないため主対象ではありませんが、わずかに寄与します。今後はデータ量の増加や解析手法の改良で感度向上が期待されます。