分子線エピタキシーで作ったTiN薄膜が示す高い結晶性とマイクロ波共振器の超高Q値
この論文は、分子線エピタキシー(MBE)で成長した窒化チタン(TiN)薄膜が、非常に良好な結晶性と超高いマイクロ波品質係数(Q)を示したことを報告します。研究者らは、c面サファイア基板上に(111)配向のTiNを成長させ、マイクロ波共振器で単一光子近傍の条件(平均光子数〈n〉∼1、周波数約5.8 GHz、温度10 mK)で内部品質係数Qiが10^6を超えることを示しました。光子数を増やすとQiはさらに上がり、〈n〉∼10^6では20×10^6を越えました。これは超伝導マイクロ波デバイスや量子ビットの基礎材料として重要な結果です。
実験では、商用にアニーリングされたサファイア基板を化学的に洗浄し、MBE装置でTiと活性窒素を供給して50 nmのTiN薄膜を成長しました。基板温度は約600 °C、成長速度は約2.5 nm/min、窒素流量やプラズマ条件を管理して成長しています。原子分解能に近い走査型透過電子顕微鏡(MEP-STEM)で界面を観察すると、TiNとサファイアの界面は原子レベルで鋭く接していました。X線回折のロッキングカーブ幅(全幅半最大値、FWHM)は0.005°=18 arcsecで、TiN薄膜としてはこれまでで最小値が観測されました。室温抵抗率は約33 μΩ·cmで、超伝導転移温度Tcは約5.1 K(幅は非常に狭くΔTc<0.03 K)と報告されています。
一方で材料内部には注意点もあります。深さ方向の計測で、サファイア基板の表面近くにサブサーフェスの欠陥が見つかり、そこからスクリュー型の転位がTiN層に生じている様子が観察されました。成膜ではツイン(双晶)や柱状の粒界も認められます。論文は、こうした基板の小さな損傷が薄膜の構造欠陥を誘起し得ることを指摘しています。
マイクロ波特性の評価には、クォーター波長のコプラナウェーブガイド(CPW)共振器を用いました。中央導体幅6 μm、ギャップ3 μmの3/6/3 μm構造をハンガー型で作り、低温(希釈冷凍機のベース温度10 mK)でベクトルネットワークアナライザを使って測定しました。注目すべきは、酸や余分な基板エッチングによる表面処理を意図的に行わなくとも、単一光子領域でQi>10^6が得られた点です。測定系には合計約60 dBの入力減衰や各種フィルタ・アイソレータが入っています。
この成果の意義は、超伝導回路や量子ビットの損失源を減らす材料選択にあります。結晶性の高いTiNは、非晶質なトンネルバリアに由来する損失を減らす手段として期待されます。論文は将来的に結晶性バリアを持つエピタキシャルジョセフソン接合へつながる道を示唆しています。ただし重要な留意点もあります。サファイア基板のサブサーフェス欠陥や成膜中に生じる柱状粒界・双晶は性能限界の要因になり得ます。また、ロッキングカーブの狭さや表面粗さがマイクロ波損失に与える影響はまだ確定しておらず、加工工程や基板処理による結果のばらつきも考慮する必要があります。これらは今後の改良と評価が求められる点です。