戦時下の日本(1930–1943年)で株価はどう決まったか:財閥と制度がもたらした「制度的効率」
この論文は、1930年から1943年の日本で、戦時の経済統制が株価の形成にどのように影響したかを調べています。著者らは、当時の大規模な家族経営の企業群である「財閥」が、単なる企業の属性を超えて、資金や物資、軍需契約への優先的なアクセスを通じて期待される利益(リターン)や資金調達の条件を変えたと指摘します。結論は、株価が完全に機能を失ったわけではなく、「制度に依存した効率(institutionally contingent efficiency)」が働いていた、というものです。つまり、市場はニュースに反応し続けたが、その反応は政策による優先配分を織り込む形で起きた、ということです。
著者らは理論と高頻度の実証分析を組み合わせています。理論面では、財閥の所属が期待収益や企業価値の経済的な大きさへの転換(資金調達のハードルの低さなど)に影響する四つのポートフォリオモデルを作りました。実証面では、時価総額で重み付けした日次の株価指数と、財閥所属の有無と軍需向けかどうかで分けた2×2の四つのベンチマーク・ポートフォリオを作成しました。これにより、グループごとの異なる値付けを直接比較できます。
分析手法には、CAPM(資本資産価格モデル)に自己回帰(p)過程(AR(p)、過去の値が現在に影響するモデル)と確率的ボラティリティ(SV、時間とともに変わる価格変動の大きさ)を組み込んだイベント・スタディの枠組みを使いました。確率的ボラティリティはボラティリティの集中や厚い裾(大きな変動)を扱うためです。こうして従来の一定パラメータ・分散を仮定するモデルで陥りがちな誤判断を避ける工夫をしています。
主要な発見は次の通りです。市場全体での時価総額の集中、四つのポートフォリオ間で分かれる異常リターンの符号、当日反応が弱くても累積で大きな調整が起きる遅行性、財閥ポートフォリオが広域的な「政権リスク」ショックに比較的鈍いこと、そして国家が埋め込んだ利得(埋め込み的な賃金や契約の優先)やグループ継続価値に関係するショックに対して財閥寄りに反応が集中することです。これらは、株価がニュースに応じつつも、信用や資材、調達への不均等なアクセスを資産価値として織り込んでいたことと一致します。
重要な注意点です。論文は、戦時という特定の制度的環境における結果を扱います。戦時期の日本は完全な市場経済でも完全な指令経済でもなく、行政指導と市場価格が共存する「混合」体制でした。したがって得られた「制度に依存した効率」の性質は、このような制度的条件に強く依存します。さらに、従来の一定分散・独立誤差を仮定する古典的手法が歴史的な日次データでは脆弱であるため、本研究はそれらの仮定を緩める方法論的貢献も行っています。論文は戦時日本の事例を詳しく示しますが、他の時代や制度への一般化には注意が必要です。