差分の差(Difference‑in‑Differences)で「悪いコントロール」を扱う新しい手法
この論文は、差分の差(Difference‑in‑Differences、DiD)という方法で因果効果を推定するときに、説明変数(共変量)が処置(治療)によって変わってしまう場合—いわゆる「悪いコントロール(bad controls)」—をどう扱うかを問題にしています。通常の助言は「処置によって影響を受ける変数は入れないでおけ」と言いますが、著者らは単に除くのも誤りになることが多いと示します。そして、悪いコントロールを扱えるようにする二つの代替法を提案します。要点を簡単に言えば、「落とす」のではなく「扱い方を変える」ことで、公平な比較が保てることを示しています。
最初の方法は、悪いコントロールの事前の値(処置前の観測値)だけを条件に加えるというものです。著者らは、この操作が正当化される明確な条件を導きます。実務上は、これに基づいてCallaway and Sant'Anna (2021)の推定量を、悪いコントロールの事前値を共変量として使う形で適用できます。労働経済の例では、職業や産業、組合加入のような職務関連の変数について、処置前の値で調整することが理にかなう場合があります。
二つ目の方法は、より一般的な状況に使える手続きです。ここでは「共変量の無交絡(covariate unconfoundedness)」という仮定の下で、悪いコントロール自体を一度“結果”として扱い、処置がその共変量にどのように影響するかを推定します。その情報を使って、もし処置がなかったら共変量がどうなっていたかを補完(イミュテーション)し、その補完された値で並行トレンド(parallel trends:処置群と対照群が処置なしなら同じ傾向だったという仮定)を成り立たせます。方法としては、イミュテーション推定、二重で頑健(doubly robust)な推定、および機械学習を使った二重/デバイアス推定などを開発しています。
論文は手法の拡張も扱います。処置の導入時期が段階的に異なる「段階的導入(staggered treatment adoption)」の場合にも適用できるようにしています。実証例として、解雇(job displacement)が賃金に与える影響を分析しました。そこで職業スコアを悪いコントロールとして扱ったところ、解雇が職業スコアを平均して低下させることを確認しました。また、著者らの新しい手法は、従来の手法(職業スコアを単純に入れるか、あるいは完全に除く方法)に比べて、賃金への影響量をおよそ30%小さく推定しました。
この研究が重要な理由は、実務的な助言を与える点です。多くの応用研究では職業や業界といった変数をどう扱うかで結論が変わり得ます。著者らは、単に変数を外すのではなく、条件を満たすなら事前値で調整するか、あるいは補完と機械学習を使って因果量を取り出す方法を示しました。手元で使えるRパッケージ「badcontrols」と補足資料も公開しており、実務者が手法を試せるようになっています。
注意点として、これらの方法はいずれも仮定に依存します。たとえば事前値で調整するためには論文で示す特定の条件が成立している必要がありますし、二つ目の手法は共変量の無交絡という強い仮定を用います。また多くの理論的結果は二期間の場合や段階的導入の設定に基づいています。著者らは識別条件を検査する事前テストを提案しますが、仮定が破れていると推定結果は信頼できません。こうした不確実性は実務で留意すべき重要な限界です。