暗号資産市場の総合的な「システムリスク指標」ASRIを提案:DeFi固有の脆弱性を監視
この論文は、暗号資産市場の全体的なシステムリスクを一つの指標で示す新しい枠組み、Aggregated Systemic Risk Index(ASRI)を紹介します。ASRIは四つの部分指数を重み付けして合成しています。比率はステーブルコイン集中リスクが30%、DeFi(分散型金融)流動性リスク25%、伝播(コンタギョン)リスク25%、規制の不透明性リスク20%です。データ源としてDeFi Llama、米連邦準備制度(FRED)、およびオンチェーン解析を利用しています。ここで言う「オンチェーン解析」はブロックチェーン上の取引データを直接見る手法です。
研究者たちは、各部分指数の理論的根拠と定量的な算出式を定め、歴史的な危機でASRIの挙動を検証しました。検証に用いた危機例はTerra/Luna(2022年5月)、CelsiusとThree Arrows Capital(2022年6月)、FTX破綻(2022年11月)、およびシリコンバレー銀行(SVB、2023年3月)です。イベントスタディでは、四件すべてで統計的に有意な異常信号が検出され(t値は5.47から32.64、p<0.01)ました。運用上の閾値を使った検知では三件が平均30日先行して検出されました。さらに、ウォークフォワード(逐次的に学習窓を拡げる)検証では四件すべてをアウト・オブ・サンプルで検出し、平均で18日先行して検知できたと報告しています。各部分指数は単位根検定で定常性が確認され(ADF p<0.01)ました。隠れマルコフモデル(状態が観測されない確率モデル)で三つのリスク状態を識別し、各状態の持続性は97%以上と高い安定性が示されています。構造安定性検定(Chow検定)のp値は0.993でした。
ASRIが重要なのは、既存の銀行向け指標が取り込めないDeFi固有のリスクを捉える点です。具体的には「コンポーザビリティリスク」と呼ばれる、スマートコントラクト同士の連鎖的依存による瞬時の損失伝播、フラッシュローン(短期で大量借入して価格を動かす手法)への露出、そしてトークン化された実物資産(RWA: Real-World Assets)のリンクによる伝染経路などを含めています。論文は、SRISKやCoVaRといった伝統的なシステムリスク指標ではこれらを十分に扱えないと指摘します。
ベンチマークとの比較でも一定の優位が示されています。Diebold–Yilmazの連関性指標と比べると、検知率は同等の75%でありながら精度(precision)は33.5%と、比較対象の22.4%を上回りました。実データの外部検査(2024–2025年)では偽陽性がゼロで、2025年2月のBybitハック(約15億ドル)の事件は伝染経路が見られなかったため非システミック(広い波及を引き起こさない)と正しく分類されました。これらはASRIが過剰検知を減らす可能性を示唆します。
重要な注意点もあります。運用上の閾値による検知はTerra/Lunaの危機を見逃しています。著者はこれはアルゴリズム型ステーブルコイン特有のリスクを市場指標だけで捉えるのが難しいためだと述べています。また、論文内でデータの可用性階層や欠損データ処理、代理変数の使用について明確に述べており、データの不足や公開遅延がリアルタイム運用の性能に影響する可能性があります。検知率や精度が改善されているとはいえ、精度33.5%は依然として誤報の発生余地を意味します。過去の事例で検証しているとはいえ、将来の危機で同じ性能が出る保証はありません。
まとめると、ASRIは暗号資産と従来金融の連関を監視するための包括的な試みです。四つの明確なリスク要素と公開データ源に基づき、歴史的危機で有意な信号を示しましたが、アルゴリズム型ステーブルコインやデータ制約といった分野では限界も認められます。規制当局や取引所、資産運用者が利用する補助的な監視ツールとして有用になり得ますが、単独での判断材料とする前に他の指標や質的情報と組み合わせる必要があると著者は示唆しています。