SHiP/NA67:CERNのビームダンプで「弱くしか結合しない粒子」を探す新計画
この論文は、SHiP/NA67(Search for Hidden Particles/NA67)と呼ばれる実験計画の概要を伝えます。SHiPは2024年に承認され、CERNのSPS(スーパー陽子シンクロトロン)のECN3実験ホールで新たに建設するBDF(Beam Dump Facility=ビームダンプ施設)を用いて、約15年で6×10^20個の陽子を標的に当てることを目指します。狙うのは、質量が概ね100メガ電子ボルト(MeV)から数ギガ電子ボルト(GeV)の「フェイブリーに相互作用する粒子」(FIP:feebly interacting particles)。具体的には重い中性レプトン(HNL)、ダークフォトン、ダークスカラー、アクシオン様粒子(ALP)や軽いダークマターなどです。同時に、大量に生まれるニュートリノを使った標準模型の研究、特にタウニュートリノ(ντ)の研究も予定されています。論文内ではντの事象数として年あたりおよそ10^3と書かれている一方で、検出器の節ではO(10^4)のντ相互作用を期待するとしており、その点は文献中で数値の扱いに差があることが示唆されています。
実験の基本的な考え方はシンプルです。高エネルギー陽子ビームを厚いタングステン標的にぶつけて重フレーバー(チャームやボトム)ハドロンを大量に作り出します。そこから稀に生じるFIPは長い飛程を持つことが予想されるため、長い真空またはヘリウム充填の崩壊空間を設け、その内部でFIPがすると期待される「目に見える」崩壊生成物を精密計測器でとらえます。SHiPは年間で約4×10^19個の400GeV/ c陽子を標的に当てる計画で、生産されるチャームハドロンは約10^18個に達すると見積もられています。
背景(バックグラウンド)対策が最も重要な技術課題です。標的から出てくる非常に多量のミューオンは主な背景源で、これを磁気で偏向・除去する「アクティブミューオンシールド」によって約6桁の抑圧を図ります。崩壊空間の入口には上流背景タグ(UBT)という位置測定用のストロートラッカーとタイミング用の散乱体が置かれ、崩壊容器を取り巻く周辺背景タグ(SBT)は約780室に分割された液体シンチレータ(容量で約145,000リットル)と波長変換光学モジュール、シリコン光電子増倍器(SiPM)で読出しを行い、99%以上の検出効率と1ナノ秒未満のタイミング精度を目標とします。崩壊生成物の再構成には、LHCb型のディポール磁石と4×6 m2級のストロートラッカーで約120マイクロメートルの空間分解能を狙い、タイミング検出器は50ピコ秒以下の分解能を目標としています。電磁・ハドロンカルロリメータも備え、中性粒子崩壊(例:X→γγ)まで再構成できるよう設計されています。
ニュートリノ検出器(SND@SHiP)も重要な役割を果たします。シリコン・タングステンを用いた高密度で高分解能の標的と、鉄−シンチレータの磁性トラッキングカロリメータを組み合わせ、すべてのフレーバーの(反)ニュートリノ相互作用を識別します。論文ではντに関して今まで測定されていない構造関数F4とF5の決定や、低x(運動量分率)領域のパートン分布の研究、ニュートリノ中のチャーム生成を通じたストレンジクォーク成分の測定などが可能になると述べられています。さらに、検出器は電子に対する軽いダークマターの散乱探索にも使われます。
この計画が重要な理由は、質量が低くて相互作用の弱い新粒子は従来の高エネルギー探索で見つかりにくく、非常に高強度のビームと厳重な背景抑制を組み合わせた実験が唯一の発見手段になり得る点です。SHiPはO(100MeV)〜数GeVの幅広い質量域で既存や提案中の多くの実験を上回る感度を得られると説明しています。ただし実現には重要な留意点があります。大量のミューオンとニュートリノ背景を実際に抑え切れるかが成否を分けます。論文は“ゼロ背景”に近い条件を前提とした感度を示していますが、それは背景タグやシールドが設計通り機能することが前提です。計画は現在テクニカルデザインレポート(TDR)段階で、BDFのビームの立ち上げは2033年頃が見込まれており、建設と性能確認の進捗によって実際の開始時期や到達感度は変わり得ます。