イーサリアムとArbitrumでの「ガス」需要はあまり変わらない。料金が上がっても利用はほとんど減らないが、L2ではやや敏感
研究の要点はこうです。イーサリアム本体(L1)とそのレイヤー2(L2)であるArbitrum One上の「ガス」需要が、料金変化にどれだけ反応するかを因果的に推定しました。ガスとはブロックチェーン上で取引や計算を実行するために払う手数料の単位です。結果は、両チェーンとも全体では「非弾力的(ほとんど減らない)」でしたが、Arbitrumの方がL1よりは敏感でした。これは、手数料の仕組みを設計したり改良案を評価したりするときに重要な実証的情報になります。
研究者たちは大規模な実データを使いました。イーサリアム本体は2025年の全取引を対象に、条件を満たす44,449個のウォレットを日単位で追跡し、合計35,276,914のウォレット日観測を作りました。Arbitrumは2025年10月から2026年4月までの間に、23,119個のウォレットを時刻(時間)単位で追跡し、計16,939,781のウォレット時観測を得ています。こうした細かいパネルデータを使って、ウォレットごとの習慣や時間ごとの差を統制できる分析を行いました。
因果推定のために工夫があります。ブロック利用率が高いと同時に基礎手数料(base fee)も上がるため、単純に手数料と使用量を回帰すると逆に正の相関が出てしまいます(混雑による内生性)。これを取り除くために、各ウォレット自身の「一つ前の基礎手数料」を道具変数(instrument)として使いました。EIP‑1559という手数料ルールはブロックごとに基礎手数料が自己相関を持って動くので、過去の手数料は現在の手数料と強く結びつきつつ、現在の需要決定からは事前に定まっている、という性質を利用しています。これにより、より信頼できる価格弾力性の推定が可能になりました。
主要な結果はこうです。イーサリアム本体(L1)のプールド推定で弾力性は約−0.006でした。つまり手数料が10%上がっても総ガス需要は約0.06%しか減りません。Arbitrum One(L2)ではプールドで約−0.036で、同じ10%の上昇で約0.36%の減少です。L2では資源別にも分解して調べ、計算(computation)は−0.027、コントラクトの「払い戻し(refunds)」は−0.27、ストレージの増加(storage growth)は−0.15、コールデータ(calldata)は−0.06といった値が得られました。つまり、全体はほとんど変わらない一方で、ストレージ増加や払い戻しなど一部の操作は料金に比較的敏感でした。
重要な注意点もあります。推定値はウォレット全体の平均であり、利用者の種類による違いが大きく隠れています。行動に基づくクラスタリングでは、常時稼働するプロトコル系ウォレットはほとんど反応しない一方で、高頻度で取引を調整する大口のオペレーターはプールド推定の最大で約6倍の弾力性を示しました。さらに、L2側では基礎手数料の最低値(フロア)が存在し、長期間にわたってフロア付近に張り付くと手数料変動が乏しくなり、道具変数が効きにくくなる点が報告されています。また、クラスタの一部(混雑のタイミングに依存するウォレット)では道具変数の仮定が満たされず、因果解釈を限定する必要があるとしています。最後に、Arbitrumのデータは対象期間が短めであり、期間差は推定の解釈に影響を与える可能性があります。
結論として、この研究はブロックチェーンの手数料設計やシミュレーションに役立つ実証的な弾力性の数値を提供します。全体では料金変化に対して利用量はほとんど減らないものの、リソースの種類やユーザータイプによって反応は大きく異なります。提案や改定を考える際は、このような異質性とデータ上の識別の限界を踏まえる必要があります。