トリウム-229の核遷移で動く光学「核時計」を実装、暗黒物質の探索にも応用
この論文は、トリウム-229(Th‑229)の核の光学遷移を参照に使う「核時計」を実験的に実装したことを報告します。研究チームは、真空紫外線(VUV、148 nm)に対応する連続波レーザーをトリウム核の吸収に合わせて素早く補正するフィードバックループを組み、室温のカルシウムフッ化物結晶内に埋め込んだトリウム‑229核を基準にレーザーを安定化しました。これが核遷移自身によってレーザーを制御する、単独で動く核時計の初めての実装です。
実験の仕組みはこうです。短期的な周波数安定化には高性能の光空洞に固定した外部共振器型ダイオードレーザー(ECDL)を使い、その出力を位相ロックで周辺のシードレーザー(1187 nm)へ伝えます。シードレーザーを非線形結晶で周波数倍して148 nmのVUVを作り、Th:CaF2結晶を透過させて核の吸収を連続的に測定します。吸収は光電子増倍管(PMT)で光子を数えることで検出し、誤差信号を電気光学変調器(EOM)へ戻してレーザー周波数を補正するというループで動きます。1回の補正は約1秒で行い、測定の積分時間Tを短くすると光子雑音が増え、長くすると空洞のドリフトの影響が増すため、Tを選んで運用します。
得られた性能は、分数周波数不安定性が3×10−12×√(τ/s)(τは平均化時間)というショットノイズ限界に従うスケーリングでした。連続運転で1日に近い平均化を行うと約10−15の不安定性に到達します。検出系ではVUV光が検出器に到達する平均出力が65 pW、検出効率は約10%、核遷移の吸収率は約0.75%で、1秒の測定で信号対雑音比(SNR)≈17を得ています。実験では光周波数コムを使ってオーストリアの計量機関にあるイッテルビウム(Yb+)単一イオン時計と比較し、系の線形な空洞ドリフト(約200 mHz/s)を補償して運用しています。
この仕事が重要な理由は二つあります。第一に、核遷移は電子殻の遷移に比べて外部環境の擾乱に強いと期待されるため、堅牢で高精度な新しい時計基準になりうる点です。第二に、トリウム‑229の低エネルギー核遷移は基本定数の時間変動や新しい物理の探索に高い感度を持ちます。実際に研究者らはこの核時計を使い、20秒から1日のスケールで周期的なゆらぎや遅いドリフトを探して、超軽量暗黒物質(ultralight dark matter)のモデルに対する制約を得ました。測定結果は、光子との結合に関しては最良の原子時計と競合し、強い相互作用やクォークへの結合に関しては従来の測定を上回る領域の制約を与えます。
重要な留意点もあります。今回の装置はトリウム核を固体結晶に高濃度でドープした「固体状態核時計」です。固体ホストへの埋め込みは信号強度を大きくする一方で、共鳴の品質(線幅や位相コヒーレンス)を適度に悪化させます。結晶は室温で約±0.5 Kの温度変動があり、空洞やレーザーの安定化の扱いが性能に影響します。また今回の報告はショットノイズ限界の範囲での実証であり、将来の実用的な核時計としては不安定性をさらに数桁改善する必要があると著者らは述べています。今回の成果は、核時計の現実的な実装と基礎物理探索への応用の第一歩を示しており、さらなる改良で高精度計測の新たな道を開く可能性があります。