ナノ空間の水で見つかった長時間続くスピン秩序:ダイヤモンドNVセンターを用いた観測
この論文は、厚さ約5.6ナノメートルの狭いチャンネルに閉じ込めた水の磁気信号を測り、そこに長く続くスピンの秩序が現れることを報告します。研究者たちはダイヤモンド中の窒素空孔(NV)中心を使った小型核磁気共鳴(NMR)でプロトン(1H)信号を直接検出しました。通常の水では分子の拡散が速すぎて検出が難しいのに対し、ここでは拡散が大きく遅くなっているため、スペクトルが取れました。時折、プロトン共鳴線が数十キロヘルツの分裂(二重線)を示すことがあり、研究者らはこれをある種の長寿命の電荷と水和構造が関与する現象と暫定的に解釈しています。
実験装置は、薄い六方窒化ホウ素(hBN)層で作ったナノチャンネルをダイヤモンド表面に載せ、その下に浅い位置のNV中心を配置する構造です。光でNVを初期化して読み出しますが、hBNは光に透明なのでそのまま観測できます。温度はペルティエ素子で制御し、磁場は約35〜50ミリテスラの範囲でNV軸に合わせてかけました。プロトン信号はXY8というマイクロ波パルス列を使って検出し、パルス間隔を変えながら1H NMRスペクトルを再構成しました。チャンネルは蒸気で何度も再充填できるようにしてあり、経時的な変化も追えます。
得られた主要な観測は二つあります。ひとつは、温度を室温からほぼ氷点近くまで変えても、プロトンの共鳴線幅は概ね一定で約40キロヘルツでした。これは「有効拡散係数」が10^-12平方メートル毎秒程度かそれ以下であることを示します。参考として、通常の室温のバルク水は約2×10^-9、過冷却水でも約1.6×10^-10です。つまりナノ閉じ込めで分子運動が数桁以上遅くなっているため、液体状態のままNMR信号が検出可能になっています。もうひとつは、観測の一部でスペクトルが突然に二重線に変わる現象です。信号強度は日単位で徐々に減ることがあり、これはチャンネル内の蒸発で説明できますが、線幅は変わりません。
二重線は数十キロヘルツの分裂を示し、最も多く出るのは約4〜5℃の温度帯ですが、14℃までで稀に現れることもありました。重要なのは、同じチャンネル充填の中で同じ条件下において突然現れたり消えたりすることです。著者らはこの現象を「ハイパーファイン相互作用」と呼ばれる、プロトンの磁気と付近の一対の磁気を持つ電子(未対電子)の結びつきで説明する可能性を示しています。簡単に言えば、レーザー光で注入された自由電子が水に取り込まれ、水分子まわりの電荷と結びついた長寿命のパラ磁性(磁石のように振る舞う)複合体を作り、これがプロトンの共鳴に強い影響を与えるという仮説です。こうした複合体が液体全体にわたって相関を持つ「準安定状態」を作ると、分裂した線が見える、という説明が提案されています。
この解釈は暫定的で、確証はまだ得られていません。二重線が出るのは断続的で限られた条件下だけです。論文は観測事実と、そこから制約される微視的状態についての議論を提示しますが、原因を確定するにはさらなる実験が必要だと述べています。それでも、本研究はダイヤモンドNV中心を用いたナノスケールNMRが、閉じ込められた液体のゆっくりした運動と局所的な電荷環境の結びつきを調べる強力な手段であることを示しています。