超高エネルギー宇宙線が「生まれたばかりの」ニュートリノを高エネルギーに押し上げる可能性を系統的に調べた研究
この論文は、超高エネルギー宇宙線(UHECR: Ultra-High-Energy Cosmic Rays)が宇宙に残る「化石のような」ニュートリノ、つまり宇宙ニュートリノ背景(CνB: Cosmic Neutrino Background)を高いエネルギーに押し上げる仕組みを詳しく計算したものです。CνBはビッグバンの名残で、現在は非常に低温(約1.95K、エネルギーにすると約1.7×10^−4 eV)で、個々の粒子は検出が極めて難しい状態です。研究者たちは、この「ブースト」現象が高エネルギーのニュートリノ望遠鏡で間接的にCνBを調べる手段になり得るかを評価しました。
研究チームは、標準模型で予想される中性カレント反応の主要な散乱過程を網羅的に扱いました。具体的には、核全体に対するコヒーレントな弾性散乱(COH: coherent elastic neutrino–nucleus scattering)、個々の核子に対する弾性散乱(ES: elastic neutrino–nucleon scattering)、核内の非コヒーレント散乱(INCOH: incoherent neutrino–nucleus scattering)、バリオン共鳴生成(RES: resonance)、そしてバリオン内部のクォークを直接探る深非弾性散乱(DIS: deep inelastic scattering)を計算に含めています。どの過程が支配的になるかは、宇宙線のエネルギーや組成、散乱で生じる運動量の大きさ(Q^2)に依存します。さらに、宇宙線の入力としては、伝播コードPriNCeによる混合組成スペクトルと、HillasモデルのH3aおよびH4a実装を使い、星形成率(SFR)、クエーサー(QSO)、ガンマ線バースト(GRB)という3種類の源進化モデルを組み合わせて試算しました。
主な結果は「散乱チャネルの階層」が明確に現れるという点です。重い核を含む宇宙線成分では、低いブースト後ニュートリノエネルギー領域で核全体へのコヒーレント散乱(COH)が支配的になります。運動量が大きくなって核が分解能されると、個々の核子に対する弾性散乱(ES)と非コヒーレント散乱(INCOH)が重要になります。高エネルギー側ではバリオン共鳴(RES)が無視できない寄与を与え、最も高いエネルギー領域では深非弾性散乱(DIS)が現れますが、DISはモデル依存で、特にH4aモデルで目立つ一方、PriNCeやH3aでは小さいことが示されました。注として、観測ではピエール・オージェ実験のデータが示すように、10エクサ電子ボルト(EeV)を超えると質量成分が重くなり、陽子の割合は約10%未満に下がる傾向があります。
なぜ重要かというと、これらの計算はCνBを直接測るのが難しい現状に対する代替的な調べ方を与えるからです。低エネルギーでほとんど反応しないCνBを、UHECRとの散乱で検出可能な高エネルギーに変換できれば、IceCubeのような高エネルギーニュートリノ望遠鏡やピエール・オージェ観測所のデータを使ってCνBの局所密度(過密度)に関する上限を導けます。実際に著者らは現在のIceCubeとピエール・オージェのデータを用いてCνB過密度の上限を導出しています。
重要な注意点と不確かさも論文は明示しています。予測は散乱チャネルの組合せ、UHECRの組成や最大剛性(エネルギーの上限)といった入力に強く依存します。ニュートリノ質量スペクトルも結果に影響します。計算では最も軽い質量固有状態についてm1 ≳ 10^−3 eVとし、この場合は現在の宇宙では非相対論的(ほぼ静止)とみなせる仮定を採っています。もし最も軽い状態が非常に小さい質量で運動している場合は断面積のスケールが変わり、寄与が小さくなる可能性があります。また著者らはディラックニュートリノを仮定し、粒子と反粒子の数が等しい宇宙(レプトン対称)を前提としています。これらの仮定の変更やUHECRモデルの選択が予測に与える影響が残るため、結果の解釈には慎重さが必要です。