ブラックホールの情報回復に必要な最短時間を導く研究:質量に強く依存する下限を提示
この論文は、蒸発するブラックホールが全ての情報を外部へ戻して「純粋な状態」に戻るのに最低どれだけの時間が必要かを、エネルギー保存と純化(情報を取り戻すこと)の条件から下限を導きます。著者らは、遠方の観測点におけるホーキング放射のエネルギーフラックスと放射のエントロピーの表式を使い、最後の半古典的な光線(プランク質量近くに到達する直前の点)以後の純化フェーズに注目しました。その結果、純化に要する最短時間は初期ブラックホール質量M0に対して非常に長く、スケールはおおむね M0^4/ℏ^{3/2}(ℏはプランク定数)と示されました。
研究で用いられた主な道具は、未来のヌル無限遠(遠方の観測点)で定義される二つの量です。一つは放射のボンディエネルギーフラックスで、これが〈F_rad〉(u)=α ℏ k(u)^2 という形で表されます。ここでk(u)は「赤方偏移指数」と呼ばれる関数で、放射の相関(情報の入り方)を符号化します。もう一つは放射の再正規化されたエントロピー S_rad(u) で、論文では S_rad(u)=4πα ∫_{-∞}^u k(u') du' という簡潔な関係が成り立つことを用いています。これらの式は、空間全体の詳しい量子重力理論を使わなくとも、遠方の観測だけで取り扱える「漸近半古典的」枠組みに基づいて導かれます。
著者らは蒸発過程を三つの相に分けて議論します。相Aは古典的に記述可能な初期のホーキング放射相で、ここではブラックホールはゆっくり質量を減らし、放射のエントロピーは増えます。相Bはプランク質量付近での可能な静穏(放射がほとんど止まる)相です。相Cが純化相で、ここで残された相関が外部へ戻り、全系が純粋状態に戻る必要があります。重要なのは、最後の半古典的光線以降、相関を「エネルギーコストなし」に汲み上げて純化することはできない点です。このエネルギー制約と単位的な進化(情報は消えない)を組み合わせて、相Cの期間に下限が生じます。論文はこの下限を明示的に M0^4/ℏ^{3/2} のスケールで提示しています。
さらに、量子重力の追加的な仮定として「プランク質量のブラックホールが準安定である(すぐに消えない)」と置くと、純化時間はさらに長くなり得ると示されます。この場合、純化時間は初期質量の二乗に比例する面積に対して指数関数的に増大し、おおむね exp(γ M0^2/ℏ) のような形になります。論文はこの過程で赤方偏移指数が負になると見積もり、これは情報を非常にゆっくり放出する「ホワイトホール様の残骸」が存在することを示唆するとしています。これらの結果は原始的な(宇宙初期にできた)小さなブラックホールの残骸の振る舞いについての現象論的示唆を与えます。
重要な注意点もいくつかあります。今回の結論は「漸近半古典的時空」という仮定に基づきます。これは量子重力効果が遠方まで伝播せず、遠方で半古典的記述が成り立つことを意味します。また、情報が回復されるという意味での Page の仮定(将来的に放射のエントロピーがゼロに戻る)を採用しています。さらに指数的長寿命の結論は、プランク質量残骸が準安定であるという追加仮定が必要です。論文は時空の内部(バルク)で起きる完全な量子重力ダイナミクスには踏み込まず、遠方の観測量だけで下限を導いている点にも注意してください。したがって、具体的な時間や係数は、量子重力の詳細や残骸の実物理性に依存して不確実性が残ります。