ハッブル定数の不一致:10年レビューと残る候補解決策
宇宙の膨張速度を表すハッブル定数(H0)に関する「不一致」が深刻化しています。宇宙マイクロ波背景(CMB)放射を使ってモデルに当てはめた値は約67km/s/Mpcです。一方、近傍の天体を直接測る最新の局所測定は約73km/s/Mpcを示します。論文はこの数値差が統計的に5σ以上に達し、場合によっては7σに相当するとの報告をまとめており、標準的なラムダ冷たい暗黒物質(ΛCDM)モデルに対する深刻な「危機」として整理しています。著者はこの現象を「ハッブル危機」と呼び、どの観測手法に依存しても差が残る点を強調しています。例えばPlanck衛星による全天観測ではH0=67.27±0.60km/s/Mpc(Planck2018)、局所測定のSH0ESチームはH0=73.04±1.04km/s/Mpcを報告しています。
この論文は新しい観測結果を出す研究ではなく、過去十年の観測と理論提案を整理する総説です。著者らはまず観測状況をまとめています。CMB(Planckや他の観測)、ビッグバン元素合成(BBN)とバリオン音響振動(BAO)を組み合わせる方法、そして距離はしご(distance ladder)を使った局所測定など、異なる手法が一貫して系統的に異なるH0を示す事実を論じています。論文は観測ごとの結果を比較し、この不一致が単なる一つの実験誤差に帰着しそうにないことを示唆します。
解決の方向性として大きく二つが議論されています。一つは「初期宇宙(early Universe)」を変える案です。ここで鍵になるのが音の地平面(サウンドホライズン、rs)です。rsは再結合前のプラズマ中を音波が伝わった距離で、CMBやBAOのスケールとして使われます。rsを小さくするために再結合以前の膨張史や再結合過程を変えるモデルが提案されてきました。ただし、その成功例は限定的で、初期宇宙側だけをいじると別の観測(例えば初期のゆらぎのスペクトルや後の宇宙での構造形成)と矛盾する場合が多いという「ノーゴー定理」の議論もあるとまとめられています。つまり初期だけで完全に解決するのは難しいということです。
もう一つは「後期宇宙(late Universe)」を変える案です。これは特にIa型超新星(SNe Ia)の絶対光度(MB)に何らかの形で誤りや変化があると考えるものです。超新星の光度を修正すれば距離推定が変わり、H0の推定にも影響します。しかしこの経路は逆距離はしご(inverse distance ladder)や宇宙の距離双対性(cosmic distance duality)といった別の観測から強く制約されています。また、局所的な大規模空洞(ローカルボイド)など単純な局所効果は、十分な大きさや深さを持たないために不足とされてきました。
論文が注目する残りの可能性は、初期と後期の変化を同時に組み合わせる案や、暗黒エネルギーと暗黒物質が相互作用するモデルなどです。これらは初期の音の地平面を縮めつつ、後期の距離指標にも影響を与えられるため、現状の制約を回避する余地があります。ただし、いずれの案も追加の観測で検証する必要があると著者は強調します。さらに、もし単一の観測系の系統誤差(システマティクス)が責任であるなら、その系統誤差は新物理を装って現れるほど巧妙でなければならず、それ自体が問題を示唆すると述べられています。結論として、ハッブル不一致は依然として解明されておらず、将来のデータと新しい理論の双方が必要だと論文はまとめています。