賃金の見込みが職場の待遇評価を歪める:ノルウェー大学生を対象とした実験の証拠
この論文は、労働者が「仕事の待遇(たとえば在宅勤務や勤務時間の柔軟性)」と賃金をどう交換するかを、賃金に関する信念がどう左右するかを調べています。研究者たちは約1,000人のオスロ大学の学生を対象に、多段階のインセンティブ付きアンケート実験を行いました。実験は、想定の仕事の選択肢と、実際の求人広告に関する賃金予想を組み合わせ、広告ごとに賃金情報をランダムに提示する仕組みです。こうして、賃金情報が信念と選択に与える因果効果を検証しました。 研究の設計は四段階です。まず背景情報を集め、その後で給料と五つの非金銭的な職場属性(常勤契約、在宅勤務、シフト勤務、柔軟な勤務時間、通勤時間)を変えた20組の架空の仕事から選んでもらいました。ついで、実際に出された求人広告から抽出した仕事で賃金予想を聞き、同じ広告群の別のセットには実際の開始賃金(行政データで裏付けた値)をランダムに表示しました。実験は合計で架空の選択肢38,920件、実求人の選択肢は支払予想付きで19,460件、賃金表示付きで19,460件を扱いました。調査では、回答ごとに情報を効率的に集める手法も使われています。 まず、想定の選択実験からは、学生の属性に対する金銭的な評価が大きいことが示されました。具体的には、常勤契約のために受け入れる賃金の減少(支払意思額の代替)は約23.3%に相当し、在宅勤務は約15.1%、柔軟な勤務は約8.0%の賃金に換算されます。一方で、シフト勤務を受け入れるには約17.1%の上乗せが必要で、通勤時間が1時間増えると約14.7%の補償を求めるという結果でした。これらは先行研究と同じ程度の大きさでした。 しかし、応募者の「賃金に関する信念」には大きな偏りがありました。平均して実際の開始賃金を約18%も過小評価していました。さらに、求人に記載された待遇が良いほど賃金も高いと予想する傾向が強く出ました。たとえば回答者は常勤の仕事は同等の条件の非常勤より約8.5%高く給料が出ると予想しましたが、行政データで確認した実際の差は約2.2%にすぎませんでした。信念のばらつきも大きく、分散の約38%が個人に由来する持続的要因、約27%が仕事の固有要因によるものでした。男性は平均で女性より約6%高い賃金を見込む傾向があり、回答者は自分の現在の給与を基準に賃金を推測する傾向(自己賃金への係数約0.12)も見られました。 賃金情報を提示する介入の効果も調べられました。関連する求人に賃金を明示すると、回答者の平均的な賃金予想は約4%上がり、信念のばらつきは約15%縮みました。しかし驚くべきことに、賃金情報は「待遇が良い仕事は給料も高い」という回答者の推定の結びつきを崩しませんでした。つまり、平均と分散は変わっても、待遇と予想賃金の正の関連は残り、想定上の待遇と賃金のトレードオフ(支払意思額)もほとんど変わりませんでした。研究者らは、このような信念のゆがみが、観察データで補償賃金差(待遇の悪化を賃金で補うという理論)を見つけにくくする一因だと指摘しています。 重要な注意点があります。対象はオスロの大学生で、調査は実験的な設定で行われています。したがって、結果が別の年齢層や国、職種にそのまま当てはまるとは限りません。また、信念の測定はもともと難しく、研究者たちも信念の分解や推定に特別な方法を用えていますが、完全に誤りを除けるわけではないと述べています。以上の点を踏まえると、本研究は求人で賃金が明示されない市場で、労働者の誤った賃金予想が待遇評価に大きく影響することを示す重要な実証的証拠を提供しますが、結果の一般化には慎重さが必要です。