メガマサーを再解析:局所運動を補正するとCMBと一致する低いH0が得られる可能性
この論文は、銀河中心で観測されるメガマサーという現象を使った距離測定を再解析し、宇宙の現在の膨張率を表すハッブル定数 H0 の新しい見積もりを示します。著者らは、近傍の銀河では「固有速度」(宇宙の膨張とは別の個々の運動)が赤方偏移の測定に影響を与えるため、より精密な速度場の再構築でこれを補正すると、得られる H0 が宇宙背景放射(CMB: Cosmic Microwave Background)からの値と一致することを報告しています。これが正しければ、局所的に高い H0 を示す距離梯子(ローカル距離測定体系)の方に系統誤差がある可能性が示唆されます。
メガマサー距離は従来の距離梯子に依存せず直接測定できるため、局所的な H0 の独立検証手段として重要です。対象は Pesce et al.(2020)がまとめた赤方偏移 z < 0.04 の6個のメガマサー銀河のサンプルです。近傍では銀河の固有速度が測定赤方偏移にかなりの影響を与えるため、これをどう扱うかが H0 推定で鍵になります。従来の扱いでは固有速度をランダムなガウス雑音として追加誤差に含める方法が多く、これだとコヒーレントな流れ(近傍のまとまった動き)や極端な個別速度をうまく扱えない問題があります。
著者らは新しい速度場再構築(論文内では M25 と表記)を用いました。これは2M++ と呼ばれる赤方偏移サーベイの情報に、制約付きの宇宙論シミュレーションを組み合わせて、より細かいスケールの非線形な銀河運動まで再現するものです。古い再構築(C15)や単純なガウスモデルと比べて、コヒーレントな流れと非ガウス的な「はみ出し」速度をより正確にとらえられるとされています。論文の例では、最遠側の3つのメガマサーは同じ大きな外向き流れに参加しており、個別の速度がすべて正の方向に偏っているため、補正すると赤方偏移が小さくなり H0 の推定値が系統的に下がることが示されています。また、個別例として NGC4258 を M25 で補正すると、その1個だけでも H0 ≈ 68.2 km/s/Mpc を示すなど、サンプルが小さいため単一対象の影響が大きいことが示されます。
重要な結果は、M25 による補正を行うとメガマサーから得られる H0 がプランク衛星などの CMB 測定(例:Planck の 67.4±0.5 km/s/Mpc)と整合し、対して距離梯子の最新値(H0 ≈ 73.5±0.8 km/s/Mpc)とは 2σ を超える緊張関係にある、という点です。これは、従来 Pesce et al. の解析が距離梯子と一致していたのとは逆の結論です。著者らは、この結果が示すのは「新しい物理」よりも距離梯子側の未発見の系統誤差である可能性が高い、という解釈です。
ただし重要な注意点も示されています。対象はわずか6個のメガマサーという小さなサンプルであり、推定は速度補正に用いる不確かさパラメータ σv の扱いに敏感です。著者らは解析で平坦な ΛCDM(ラムダ冷たい暗黒物質)宇宙を仮定し、物質密度パラメータ Ωm = 0.3 を固定していますが、データの距離範囲ではこの仮定に対する結果の感度は小さいと述べています。また、M25 自体も再構築手法に依存するため、その不確かさや残る系統誤差が結果に影響する可能性があります。結論は興味深い示唆を与えますが、決定的な証拠とは言えず、より多くの独立なメガマサー測定や他手法による検証が必要です。