古典オラクルで一方向パズルは消え、EFI対は残る:量子暗号の仮想的分離を示す研究
この論文は、量子暗号の最小仮定として注目される二つの性質――EFI対と一方向パズル――の関係を調べています。EFI対は「効率的に準備できる量子状態の組」で、統計的にははっきり違うのに計算的には区別できないという性質です。一方、一方向パズルは「作るのは簡単だが解くのは難しい」古典的な問題です。著者らは、これらが常に同値かどうかという問いに対して、仮想的な世界(オラクルを加えたモデル)で違いを示しました。つまり、一方向パズルが存在しない一方でEFI対は残るような例を作っています。
具体的には、研究者は単一の古典オラクル(理論上のブラックボックス)を構成しました。このオラクルのもとでは、一方向パズルは存在しません。さらに、EFI対は、オラクルに対して古典的に質問を行いその応答を持つ区別器(識別器)に対しても区別されません。ただしその区別器は最後に一度だけ重ね合わせ(superposition)で問いかけを行うことが許されています。オラクルは量子サンプラーの出力確率に関する質問に答えつつ、系の次元の半分に相当するランダムな部分空間(Haarランダム半次元部分空間)を隠すように設計されています。これにより、一方向パズルは消え、EFI対は見えにくいまま残るという構造を実現しています。
安全性の証明は通信複雑性への還元を軸にしています。部分空間に関する情報が古典的な問い合わせ応答を通じて得られる攻撃者は、その振る舞いを二者間通信プロトコル内でシミュレートできます。したがって、その攻撃者は部分空間問題(Vector-in-Subspace、Klartag と Regev 2011)に対する最良の古典プロトコルより優れた成果を出せない、という下限が得られます。ただし、この議論は最後に許される一度の重ね合わせ問いかけをカバーしないため、その部分はランダム行列論の手法で別途上界を与えています。
研究から導かれる別の結論もあります。同じ攻撃の考え方を使うと、事前にエンタングルメント(量子もつれ)を共有していない古典メッセージだけのプロトコルにおいて、量子側を古典的にシミュレートできます。つまり、このオラクルのもとでは「実験で量子であることを示す証明(proof of quantumness)」も存在せず、古典的入力と出力だけの任意の課題で量子多項式時間(量子計算の効率的モデル)が有利になることもありません。一方で、二つの量子状態の区別不可能性(EFI対の性質)は保たれます。
重要な注意点として、この結果はあくまでオラクルを導入した理論的な分離です。現実の世界で一方向パズルの有無やEFI対の成立がどうなるかは示していません。また、区別器による「最後の一度の重ね合わせ問いかけ」という制限は論文の主張にとって重要であり、この制限を取り除けるかどうかは未解決で、著者らはその点についての仮説(予想)を述べています。論文の作成には大規模言語モデルも補助的に使われたと明示されており、検証と責任は著者側にあります。