米国の平均寿命停滞:所得と長寿の関係が2010年代に変わったという分析
この論文は、2010年代に米国で起きた平均寿命の停滞や低下を、所得と長生きの関係が変化したこととして示します。研究者たちは「プレストン曲線」と呼ばれる方法を使い、集団の資源(たとえば一人当たりの実質所得)がどのように寿命に結びつくかを観察しました。通常は所得が上がると平均寿命も上がりますが、2010年以降はその結びつきが弱まったと結論づけています。プレストン曲線とは、国や地域ごとの平均寿命と所得を比べた図で、所得と寿命の関係を時間を通して見るための道具です。
研究者たちは州レベルのデータ(1980–2019年)と郡レベルのデータ(2000–2019年)を使いました。州の寿命推定は1980–2016年がWoolfとSchoomakerのデータ、2017–2019年が米疾病対策センター(CDC)から取り、郡の寿命は研究機関(IHME)の2000–2019年推計を用いています。所得は米国商務省経済分析局(BEA)の実質一人当たり所得を2019年ドルに調整して使いました。解析は人口で重みづけしたプレストン曲線を年ごとに推定し、性別や人種別の解析、教育を所得の代わりに使う代替分析、景気後退(大不況)をめぐる時期の区切りを変えた頑健性検討も行っています。
結果は明確です。1980年から2010年までは、州も郡も所得の上昇に合わせて平均寿命が上がる「古典的」な関係が観察されました。ところが2010年から2019年は、所得は上がり続けたものの平均寿命は停滞または低下しました。図でいうと曲線が右に移動して上には移らず、さらに傾きが急になりました。研究者たちはこれを「デカップリング(切り離し)」と「ダイバージェンス(格差の拡大)」と呼びます。つまり、社会全体の資源が増えてもそれが広く寿命の改善に結びつかなくなり、地域間で寿命の不平等が大きくなっているということです。こうした変化は性別や人種の主要グループで共通して観察され、教育を使った分析や時期を変えた検証でも頑健でした。
論文はまた、なぜこうなったかを直接断定はしていません。研究者たちは説明的な分解分析を行い、貧困率、所得格差、大学教育率、富、製造業雇用、労働参加率、社会資本、婚姻、移動、政府支出、保険加入率、大気質などの観測可能な地域特性がどの程度この寿命の後退を説明するかを調べました。郡レベルの分解結果は「広く共有される社会的劣化(social deterioration)への暴露」が寿命低下と整合することを示唆しますが、単一の因果メカニズムを特定するには至りません。著者らはこの分析を、どの説明が今回の「プレストン曲線逆転」と整合するかを検討するための診断的事実として提示しています。
重要な注意点があります。これは個別の死因だけを扱う研究ではなく、集団レベルで資源がどのように寿命改善に転換されたかを問う研究です。因果的結論は出していません。データには州・郡という地域単位の推計が使われており、個人レベルのメカニズムや政策介入の効果を直接示すものではありません。著者ら自身は、観察された変化を説明するためにはさらなる因果的研究が必要だと強調しています。それでも本研究は、豊かになっている米国が2010年代に「資源を長寿に変える力」を失いつつある可能性を示し、地域間の健康格差が拡大していることを明確にします。