スイス・ティチーノの談合を再現:書面合意で競争を装し入札価格を少なくとも45%引き上げた事例
この論文は、スイスのティチーノ州で1999年から2005年にかけて行われた道路工事の入札談合を、豊富な内部文書を使って詳しく復元した研究です。研究者たちは、参加企業が「コンベンション」と呼ぶ13項目の書面合意の下で週次会合を開き、工事の割当てと入札価格の調整を組織的に行っていたことを示します。標準的な検出手法をかいくぐるため、談合側は競争的な入札の振る舞いを巧みに真似していたと結論づけています。解析の結果、平均で少なくとも45%の過剰料金(overcharge)が発生したと推定され、場合によってはそれより大きい可能性も指摘されています。これらの推計は機械学習と因果推論の手法を組み合わせて得られました。
研究者はまず文書証拠を手がかりに、談合の内部ルールと運用を再構築しました。コンベンションは入札対象の公的及び一定額以上の私的契約を全て週次会合で扱うことを定め、工事の割当ては「作業の積み残し(バックログ)」「現場までの距離」「企業の専門性」など、コストに関する基準に基づいて行われました。談合企業は「カバービッド(見せかけの競争入札)」を準備して合意された落札者を通す仕組みを使い、金銭のやり取り(サイドペイメント)は行われませんでした。重要な強制手段として、アスファルト供給の排除がありました。上流のアスファルト供給は少数の混合プラントが大きなシェアを握っており(最大のプラントは共同所有で市場の約50–60%を供給)、供給を断つことが事実上の追放につながりました。
その上で研究者らは、入札データに対して回帰分析と機械学習を適用しました。説明変数として距離やバックログといったコストの近似値を用いると、落札者と入札順位が系統的に予測できました。これは談合側がコスト構造に整合した入札パターンを作り、外見上は「最安入札者が勝つ」ように見せかけていたことを示唆します。従来の経済計量検定(たとえばBajariとYeの手法)が用いられた場合でも、多くの誤検出(偽陰性)を招いたと報告され、談合の巧妙さが検出を難しくしていることが明らかになりました。価格影響の推定にはラッソ回帰やアンサンブル法、そして二重機械学習(double machine learning)を用い、平均で少なくとも45%の上乗せがあったと推定しています。
なぜ重要かというと、公的調達は経済において大きな比重を占めるからです。経済協力開発機構(OECD)によれば公共調達は先進国で約13%のGDPを占めます。従来の入札談合の過剰請求の典型値は15–30%とされてきましたが、このケースはそれを上回る大きな財務的損失を示しています。また、談合側が「コストに基づく割当て」を取り入れて競争行為を模倣できると、現在のコスト基準に依拠した検出手法だけでは見逃される危険があることを示しています。論文は、そうした場合に機械学習など補完的な手法を検討する必要があると指摘します。
重要な注意点もあります。今回の結果はこのティチーノの事例に基づくもので、同様の詳細な文書が存在しない一般のケースに直接当てはまるとは限りません。論文自身も「少なくとも45%で、場合によってはさらに高い可能性がある」と慎重に表現しています。加えて、検出や被害額の推定は使う手法や選ぶコスト近似変数に依存します。最後に、本事件は内部文書が非常に充実していた点で特殊であり、一般化には慎重さが求められます。研究はこうした限界を認めつつ、入札談合の内部組織を詳細に追うことの重要性を強調しています。