Drell–Yan過程の粒子レベル予測を高精度でつなぐ:格子QCDと最大エントロピーでモンテカルロを改良
この論文は、Drell–Yan(ドレル・ヤン)と呼ばれる反応で生じるレプトン対の運動量分布を、低い横運動量(transverse momentum)から高い領域まで粒子レベルで高精度に予測する新しい手法を示します。著者らは、理論計算の高々次摂動精度(N^3LOおよび近似的なN^4LL'の精度)と、木レベルの多ジェット記述、さらに高い横運動量での近似的な一階電弱補正を組み合わせています。重要な非摂動入力は、格子QCD(格子上で数値的に量子色力学を解く手法)から得られたCollins–Soperカーネルです。さらに、得られた高精度理論を既存のモンテカルロ(MC、モンテカルロ)シミュレーションで使えるように、情報理論に基づく最大エントロピー原理で正のイベント重みへと変換しています。
研究で行ったことの大枠は次の通りです。まず、低横運動量領域で重要な「再和リューム(resummation、桁あふれする対数項をまとめる手法)」を含む理論計算を行い、ハード、ビーム、ソフトと呼ばれる成分を使って散乱断面を因数分解しました。非摂動成分であるCollins–Soperカーネルは、連続極限における格子QCDの結果から取り込み、インパクトパラメータ(空間的な広がりを表す変数)にわたって制約しています。一方で実験解析に必須の「任意の選択カット条件での粒子レベル出力」はモンテカルロが担います。著者らは理論計算の情報をモンテカルロの任意のサンプルに写すために、横運動量のスケール化モーメントやレプトンの非共面性(acoplanarity)などの少数の尺度を使い、最大エントロピーで正の重みを作るプログラムを公開しています。
この組み合わせがなぜ有用かというと、実験はトリガーや受容など現実的な条件でデータを取るため、最終的にはモンテカルロに依存して測定値を比較します。しかし従来のモンテカルロは専用理論計算ほど精密ではありませんでした。本研究は高精度理論とモンテカルロの柔軟性を両立させ、低から中程度の横運動量での再和リュームを真に先導する形で粒子レベル予測を与えます。加えて、Z+4、5、6ジェットの木レベル精度や高横運動量での近似的な一階電弱補正も組み込まれています。唯一データで調整した非摂動パラメータは、低横運動量領域の幅を決めるガウス幅で、ATLASの8 TeVと13 TeVデータで校正しています。
重要な注意点と不確かさも明記されています。四ループ級のログ項など一部は近似的に扱われており、未知のソフト・ビームの境界項は大-N近似などで推定しています。また理論的不確かさは三つの成分に分けて評価しています。再和リュームのスケール変動、固定次数(fixed-order)のスケール変動(標準的な7点変動)、およびマッチングと非摂動入力の変動です。これらを二乗和で合成して不確かさ帯を与えています。現状では多くの測定ビンで実験データの方が理論よりも精密で、実験の精度は理論に対して2倍から17倍(典型的には約8倍)上回っています。
最後に、実データとの比較では、低い横運動量領域では本手法の理論予測はATLASデータと不確かさの範囲で一致しますが、高い横運動量へ行くにしたがってずれが大きくなります。格子QCDによるCollins–Soperカーネルの導入でこれまでデータに頼っていた非摂動成分の一部は初めて理論的に制約されました。それでも残る近似や、まだ格子で得られていない他の非摂動効果の扱いは今後の課題です。著者らはプログラムを公開しており、将来の格子計算やより精密な高次摂動計算の進展によってさらに改良が期待されます。