CMSが超中心的PbPb衝突で「音速の二乗」を測定 高温の強い相互作用物質の熱力学的性質に一致
この論文は、LHCのCMS実験が超中心的な鉛-鉛(PbPb)衝突から高温の強い相互作用物質の熱力学的性質を引き出した研究をまとめたものです。研究チームは「音速の二乗」c_s^2を測定し、c_s^2 = 0.241 ± 0.002(統計) ± 0.016(系統)を得ています。対応する有効温度はT_eff = 219 ± 8 MeVです。これらの値は、理論的に信頼されている格子量子色力学(lattice QCD)の計算と良く一致します。
研究者たちは、重イオン衝突で生成される粒子の平均横運動量〈p_T〉と生成粒子数N_chのイベント間変化を調べる方法を用いました。超中心的衝突とは、衝突した核がほぼ正面衝突する場合で、系の体積がほぼ一定と見なせます。その条件下で、〈p_T〉は系の有効温度の指標、N_chはエントロピー(熱的な乱雑さ)の指標と考えられ、関係式c_s^2 = d ln〈p_T〉/d ln N_chを使って音速の二乗を抽出します。測定にはCMSのシリコン追跡検出器、ハドロン前方(HF)カルロリメータ、ゼロ度カルロリメータなどが使われ、PbPbデータは2018年の√s_NN = 5.02 TeV、積分ルミノシティ0.607 nb^-1に基づいています。
抽出は正規化した量を用いて高い多重度領域をフィットする手順で行われました。実験的にはp_Tスペクトルの低p_T部分を外挿する処理やトラック再構成の補正が必要です。主要な系統誤差はトラッキング補正とp_T外挿から来ており、統計誤差は非常に小さくなっています。研究で用いた経験則として、有効温度の近似Teff ≈ 〈p_T〉/3は流体力学シミュレーションに基づき検証されています。
同じ手法を小さい系であるプロトン-鉛(pPb)衝突にも適用する試みも報告されています。pPbではデータとして√s_NN = 5.02 TeV(0.509 nb^-1)と8.16 TeV(186 nb^-1)を用いましたが、有効温度の推定方法の仮定が結果に大きく影響します。例えば「ブースト不変」近似でTeff ≈ 〈p_T〉/3と取るとpPb結果は格子QCDやPbPb結果とよく一致します。一方、系の非対称性を考慮した三次元的進化でTeff ≈ 〈p_T〉/2.45を使うと一致が悪くなり、解釈が敏感であることが示されました。比較した理論モデルでは、TRAJECTUMモデルはc_s^2の値がやや高めであるものの不確かさ内に収まり、非熱的モンテカルロモデルHIJINGはpPbの高多重度データを説明できませんでした。
この測定は、クォークとグルーオンが非束縛になる「クォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)」のような分解相(deconfined QCD phase)がLHCエネルギーで生成されることを示す証拠の一つとなります。重要な注意点として、この手法で得られるc_s^2は「有効的」な値です。すなわち、生成された流体の膨張や凍結(freeze-out)など動的効果を含む系全体に対応する値であり、直接的にQGP内部の理想的な音速を測るものではありません。さらに、この解析には体積が一定であることや多重度のゆらぎが部分的にパートンの数に由来するという仮定が含まれます。理論的研究はこの方法の限界を指摘しており、著者らもOOやNeNeのような別の衝突系や異なるエネルギーでの測定、さらには揺らぎ情報を含む詳しい解析が必要だと述べています。