インフレーション期に強いQCD(量子色力学)が起きればアクシオンの規模上限を取り除ける可能性
この論文は、インフレーション(宇宙の初期急膨張期)に「高スケールでの閉じ込め(confinement)」が起きれば、アクシオンという仮想粒子が早い段階で落ち着き、これまで考えられてきたアクシオンの尺度(崩壊定数 f_a)に対する宇宙論的上限をなくせると示します。アクシオンは量子色力学(QCD)の問題を解くために導入された場で、通常は現在の宇宙で質量が生じるまで大きなエネルギー密度を持ち得ます。著者らはその「早期緩和」(inflation中に質量が生じて振動しエネルギーが減る)を具体的にモデル化しています。論文は SU(5) という大統一理論の枠組みでこれを実装しています。
彼らが行ったことは二つの主要な実現方法を示すことです。一つはインフラトン(インフレーションを駆動する場)とゲージ場(力を伝える場)との直接の結合で、これにより QCD を強くする方法です。もう一つはインフレーション期に SU(5) 対称性が再び「復元」される非熱的な状態で、群の結合定数が群の性質(論理的に言えばレンジング=RG 効果)により強くなる方法です。どちらの場合も、インフラトン場 S の値が有効結合 α_eff を場依存に変化させるため、早い時期に QCD が強い状態になり得ます。論文はこれを具体的な有効演算子(α_eff^{-1}(S/M) tr G_{μν}G^{μν} の形)で記述します。
仕組みを平たく言うと、インフレーション中に QCD が強くなるとアクシオンに早期のポテンシャルと質量が与えられます。アクシオンの質量が当時の宇宙の膨張率(ハッブルパラメータ)よりも大きければ、アクシオンは減衰する振動を始めます。これによりミスアラインメント角(初期振幅)が急速に小さくなり、後の時代におけるアクシオンのエネルギー密度は大幅に減ります。従来の議論で fa ≲ 10^{12} GeV 程度という上限が出ていたのは、アクシオンが QCD 位相転移までミスアラインメントのままでいると仮定した場合です。しかしインフレーション中に早期に質量が付けば、その仮定は成り立たず、上限は外れます。
重要な点として、著者らはこの機構が既存の「見えない(invisible)アクシオン」の主要な実装全てに適用できると主張します。すなわち、Peccei–Quinn(PQ)対称性を追加スカラーで実現する DFSZ 型、重いフェルミオンで実現する KSVZ 型、そして QCD のゲージ冗長性に基づく二形式(two-form)ゲージアクシオンのいずれにも対応します。PQ スカラーの真空期待値がインフレーション中にゼロになっても、アクシオンはフェルミオンの ’t Hooft 行列式の位相として定義され続けると述べられています。DFSZ の場合はその位相がクォークの凝縮に由来し、初期宇宙における η'(イータ・プライム)に相当する状態になる、と論文は示します。これらを通じて、現在の宇宙のアクシオンは任意に大きな f_a でも暗黒物質の候補になり得ると結論づけています。
ただし注意すべき制約や不確実性も明確に書かれています。機構の成立はインフラトンや大統一場との結合、結合定数の場依存性、インフレーション中の場のずれ(displacement)といったモデルの詳細に強く依存します。ゲージ形式のアクシオン(two-form)については、低エネルギーでの等価性がある一方で、f_a を越える高エネルギー側の理論(UV 完成)が必要であり、この点は注意が必要です。加えて、この論文は SU(5) に基づく具体実装の提示であり、実際にどのパラメータ域で機構が働くかは結合定数や場の初期値によって変わります。また、インフラトンが余計な CP(荷電共役とパリティ)破れを導入しないように S を CP 偶数の実スカラーにするなど、モデル上の配慮も述べられています。
総じて、この研究は初期宇宙での「強い QCD」エポックがアクシオンの初期条件と最終的なエネルギー密度を根本的に変え得ることを示します。これにより従来の宇宙論的な f_a の上限は回避できる可能性があるとし、アクシオン暗黒物質や大統一理論の構築に新しい自由度を与えます。一方で、実際にこの経路で上限を外すにはモデルの詳細とパラメータの吟味が不可欠であると著者らは強調しています。